珈琲を飲んで
泣きたくなったら。
秩父の小さな喫茶店
「珈琲道 ぢろばた」の
過去、現在、未来、永遠。
(後編)
撮影・文/山下英介
夜更けまで続いた「珈琲道 ぢろばた」店主、中島洋さんとの対話も、そろそろフィナーレ。珈琲とはなにか。そしてほんものとはなにか。その小さな手がかりを、中島さんが紡いだ言葉の中から見出してほしい。これを読んだあなたの心に、なにかひっかかるものはありましたか?
中編はこちら!
「大坊珈琲店」について
マスターは他の喫茶店に行かれることもあるんですか?
中島洋 定休日にはいろいろな店へ行っています。一番好きだったお店は青山にあった「大坊珈琲店」さんですね。残念ながら今は閉店されてしまいましたが。
閉店から10年以上経ちましたが、伝説の珈琲店ですよね。
中島 私、オープン時はキーコーヒーだったんですが、のちにやめて自家焙煎に切り替えたんです。そして一代目の焙煎機が具合が悪くなって、二代目に替えるとき、銀行に行ったら2000万円まで貸してくれるって言われました。これはラッキーなことですよ。それでかねてより評判のいい「大坊珈琲店」さんはどんな焙煎機を使っているのかな?と見に行ったところ、大坊さんは手回しの焙煎機を使っていたんですね。これはショックでした。大坊さんにはお礼を言わなくては。
お礼ですか?
中島 結局私は2000万円レベルの焙煎機を買うのはやめて、本当に安い粗末な焙煎機を使っているわけですが、そのおかげで今日、こうしてヤマシタさんとお話しする時間を持てているわけですから。
もしあのとき銀行から2000万円を借りて焙煎機を入手していたら、多分私はどこか別のスペースでそれをフル稼働させて、アルバイトのおばちゃんを3人くらい雇って、全国津々浦々に珈琲豆を発送していたでしょうから。きっとアルバイト代に頭を悩ませたり健康を損ねたりすることもあるでしょう。
そうした商業主義の罠にはまらずにマイペースで人生を送ることができたお礼を、大坊勝次さんにお伝えしたいですね。もしお会いできるならば、秩父ワインかなにかを持ってね(笑)。
「珈琲美美」について
中島 福岡にある「珈琲美美(こーひーびみ)」のマスターも、私にとっての恩人です。
珈琲界における巨匠のひとり、故・森光宗男さんのお店ですね。
中島 実は昔、森光マスターのお力を借りて、「ぢろばた」の経営を少しばかりよくしたいという野心というか欲望が、私には芽生えたんです。つまり、「美美ブレンド」を「ぢろばた」で淹れたかったわけですね。森光マスターは、若造のそんな思いを見事に砕いてくれました。昨日エチオピアから帰ってきたばかりだという森光マスターは、私にこんなことを話してくれました。
森光マスターがモカを仕入れるために訪れたエチオピアの農園に泊まって、朝目が覚めると、外では珈琲を焙煎する煙がたなびいていました。大広間に通されると、そこでは小さな子供たちが薪をくべて、もうちょっと大きな子たちがすり鉢のような器で珈琲豆を砕いて、さらに大きな子供たちが凸凹のヤカンで抽出して珈琲を淹れている。その間大人たちは朝食のナンをつくっていたそうです。つまり、珈琲を淹れるのなんて、子供でいいんだということですね。
そして森光マスターが「ガキが淹れた珈琲なんて」と思いながらその珈琲を飲んだところ、それはそれはうまかったそうです。私が大宮の喫茶店で泣かされた珈琲と重なります。
その農園では十数人が働いていたそうですが、本物の自家焙煎珈琲付きの朝食を済ませ、ミーティングが終わると、それぞれが自身の現場へと向かっていく、とても見事なシステムだったとのことです。
そんな経験を経て日本に帰ってきたマスターが見た光景は、立派なアタッシェケースを持った一流の企業戦士が、立ったまま慌ただしく自販機の缶コーヒーを飲む姿です。それは日本の珈琲文化の恥ずかしい一面です。
「私は『珈琲美美』の看板を下ろしたいと思った」と、森光マスターは仰っていました。
その話を聞いて、私はまた広き門への道を断ち切ったわけです。
しかしそんな森光マスターが、ネルドリップの販売を拡張する目的で出かけて行った韓国の空港でお亡くなりになられたのは、とても残念なことです。ご自分のお店だけでネルドリップをやっておられれば・・・。そう思えてなりません。
私、怒ってます
マスターは他のお店でまずい珈琲を飲んで、頭にきたりすることはあるんですか?
中島 それはまずないですね。つまり、これも珈琲かなって。
なるほど。珈琲には罪はないと。
中島 頭に来るのは、ハンチングなんかをかぶってバリスタチャンピオンなどと自慢している店主とか、珈琲の上に熊さんやウサギさんをお絵描きしているようなお店ですね。あとは最近「ぢろばた」に来られる多くのお客様にも、私は本当に頭にきています。
というのは?
中島 「お待たせしました」と珈琲を置きますよね。私が望むのはまず飲んでいただくことなのですが、ところが今では、若い女性のお客様が、カップを見ては「かわいい〜」なんて仰って、こう・・・カシャッと(自撮りを)されるんです。私はもう我慢の限界を迎えて、今では率直に申し上げるんです。「お客様、失礼ですがこういうものはかわいいとは言いません」「かわいいという言葉は、いつかあなたがご自分のお子さんに出会うときまで取っておいてはいかがでしょうか」と。
それは辛辣ですね(笑)。
中島 あとはわざわざ「スプーンとシュガーポットを下げてくれ」などと仰るお客様ですね。私、その目的はわかっております。言葉がほしいんですね。「お客様、通ですね」という言葉が。私は絶対に申し上げません。ちょっと疲れていたり、または口に合わなくて甘くしたければ砂糖を3杯でも入れればいいし、わざわざ下げる必要なんてないんです。どうしてそんなにかっこつける必要があるのでしょうか。
通ぶるお客さんということですね。
中島 おそらくインターネットかなにかに書かれていると思います。「秩父の『ぢろばた』というお店で珈琲を飲んだらムカつくジジイが出てきた。もう二度と行かない」なんて。私はネットは一切見ませんが(Instagramは息子さんが運営)、そういう評判が広まってくださればありがたく思います。
マスター、反骨の男ですね(笑)。
中島 今という世の中は、真実がどこかに隠れてしまいました。私としては珈琲という飲み物は、本気で何かに取り組んでいる方に飲んでいただきたいと思っています。そしてカフェインの力で血流を盛んにして、人生でよりよい行動をとっていただきたい。しかし今は、カフェインを摂取するに値しない自己承認欲求に駆られた人々が珈琲を飲んで、スマホでカシャッとやられている。最近の「ぢろばた」の空間は最悪です。
最近は秩父がひとつのブームになっていますから、そういうお客さんも多いんでしょうね。
中島 私はブームが嫌いです。それは真実を隠してしまいますから。
珈琲を落としましょう
中島 これから本格的に湯を点滴で落としていきます。あるマスターは、珈琲の粉の上に湯を注いで蒸らした後の2投目に生じる細かな泡群の直径を、500円玉ほどに例えます。またあるマスターは100円玉だとか、10円玉だとか。みなさん色々ご意見がありますね。でも私は、最近そういう意味ではクールになっちゃいました。たかが珈琲。泡群の直径なんてどうでもいい。場合によったら缶コーヒーでいいじゃないかっていう心境なんですよ。なかなか完成しないからふてくされちゃってるんですかねえ。
こうして淹れた点滴珈琲は温めないという手があるんですね。ところが一般の方にはぬるいと言われがちなので、少し加熱してお出ししています。較べてみてください。
ああ、どちらも美味しいです。全然味が変わるんですね。
中島 私は加熱しないほうが好きですね。
私もそのほうが好きです。しかし、本当に奥が深いんだなあ・・・。
中島 深いですねえ・・・。こんなにも・・・深かったとは・・・。かつて本当に私は珈琲というものを侮って、軽く見ていました。画家が色と色をパレットの上で混ぜるように、ある豆と別の豆を合わせること、つまり豆をミックスしてミックスブレンドを完成させることくらい、簡単にできると思っていました。そういう私の態度が珈琲豆たちにとっては気に食わなったんでしょうか。だから世界の珈琲豆軍団は一致団結して、「ぢろばた」の店主に美味い珈琲を淹れさせないようにしたのかもしれませんね(笑)。
インスタント
コーヒーについて
中島 ヤマシタさん、映画の『Perfect Days』はご覧になられましたか?
いえ。
中島 私は3回観たんですが、あの映画に出てくる役所広司さんはなんと、缶コーヒーを飲まれているんですね。
主人公はトイレ清掃の仕事に従事しているんですよね。
中島 いいですよね。だから今、役所さん演じる平山が缶コーヒーを持ってここにスッと入ってきたら、私は嬉しいですねえ。私の心の奥の奥で、自家焙煎珈琲なんてって気持ちが芽生えていますから。
つまり、以前は缶コーヒー〝なんか〟と思っていましたけれど、今は缶コーヒーも珈琲ではないかと。そういうところに心が向きました。
マスターはインスタントコーヒーなんかは飲まれたことがあるんですか?
中島 実は飲んだこともなくインスタントコーヒー〝なんて〟と思っていたんですが、今度すぐそこのスーパーマーケットで一番高いネスカフェでも買って飲んでみたいと思っています。ヤマシタさん、たぶんうまいですよ。
あっ、そう思われますか?
中島 ネスカフェという大企業が全社を挙げて社員のために本気で取り組んでいるわけですから、それはうまいはずです。今この時間だってきっと企画研究室で白衣を着て、一生懸命ああだこうだとつくっていると思いますよ。うまいはずです。
マスターが飲むところを見てみたいです(笑)。
中島 ただ、残念なのはインスタントコーヒーは添加物がちょっと・・・。カビ止めを少しばかりと、顆粒状にするためにノリとなる成分を入れるなど、それを危険視しております。そして私がいちばんもどかしいのは、現代の化学においては旨み成分を人工的につくれるということです。今お飲みになっている珈琲の中に特別な人工添加物をパラパラッと入れれば、もっとうまくなってしまう。それは商業主義ですよね。
ああ、珈琲にも味の素みたいなやつがあるんですね!
中島 あります。いいか悪いか・・・いや、悪いことなんですが、偽物がほんものを凌駕する時代になってしまいました。そしてあらゆる食の分野において、人々は偽物や偽ブランドにどっぷり浸かってしまいました。
言葉が降ってくる
中島 よく〝降ってくる〟って言いますよね。作曲家でも、詩人でも。・・・私もこれ、降ってきたんです。
本当の珈琲に出会うと
本当の珈琲に出会うと
じっとしていられなくなります。
はじめは、または飲んでいるうちは、
少しのあいだ黙っていても
しばらくたつと何か語りたくなります。
隣の人に、前の人に、斜め横の人に。
なんだか話したくなります。
誤解されるような行動をとりたくなります。
たとえば、ある人の肩をポンと叩いたりして。
店にだあれもいなければ、なぜだか・・・泣きたくなります。
本当の珈琲に出会うと
じっとしていられなくなります。
メモをしたくなります。
ノートが、ペンがほしくなります。
だれかに手紙を書きたくなります。
スマホのメールではなく、声を出して電話したくなります。
本当の珈琲に出会うと
じっとしていられなくなります。
店をすぐ出たくなります。
街をあてどなく歩きたくなります。
そしてまた、会いたくなります。
その日、その時、そこに居合わせた人に。
根が明るい人は明るくなり
根が暗い人は暗くなります。
本当の自分でいたくなります。
本当の態度をとりたくなります。
音楽家の人はメロディが降ってきます。
哲学が好きなひとは哲学がしたくなります。
さっき撮った画像はすぐ消したくなります。
恋人の目を見ていた人は、目を伏せたくなります。
恋人の目を見られないで伏せていた人は
顔を上げて目を合わせたくなります。
あなたはこのうちのどれかができましたか。
それができないのは
本当の珈琲でないからです。
今飲んでいるその珈琲が。
素敵です。
中島 私の珈琲が〝本当〟かどうかという問題もありますが。もしかすると偽物に近いかもしれませんけど(笑)。
引退について
そういえば以前伺ったとき、そろそろこのお店を息子さんに継がれるようなことを仰っていましたが、そのあとで何をされるかは決まってるんですか?
中島 まだ時間がかかるでしょうね。焙煎を教えて、抽出を教えて、ひとりでいいねというところに辿り着くまでには。
それは安心しました。
中島 さて、そのあとは何をするか・・・多分、こういうことでしょうか。
あ、あ〜(笑)。
中島 82年人間をやっていて、とりあえず到達した答えは、珈琲は自分で淹れて自分で飲むものではないということでしょうか。私のゴール、それは腰が曲がって、杖をついて、〝ほんもの〟の珈琲通がこっそり教えてくれた珈琲店のドアを開けてですね、その片隅に腰をおろして、じゃあブレンドください、と。
そこで飲む珈琲が、あの日私が大宮の喫茶店で泣きながら飲んだ珈琲にもし似ていたら・・・。自分で再現できなかったあの日の珈琲に近い味だったら・・・。また泣くんでしょうか? たぶん泣かないでしょう。
さいごに
今日は夜遅くまで色々とお話を聞かせてくださり、ありがとうございました!
中島 ヤマシタさんのライカのカメラとレンズにすっかり舞い上がってしまったのか、つい余計なことまでお話ししてしまったかもしれません(笑)。お許しください。
しかし、やはり「ぢろばた」のテーマは、イングラハムの柱時計との出会いに象徴される〝時〟であったように思えてなりません。過去、現在、未来、永遠・・・。この店で過ごす短い時の中で、お客様にはクラシックでもジャズでもなく、珈琲だけに向き合っていただきたい。それで何か気づきを得られたら、それはとてもラッキーなことですよね。時の流れの中に身を置いて、これから自分がどうするか考える・・・。
そうしたひとときを過ごす上で、珈琲という存在は他の飲み物を凌駕するのではないでしょうか。
今日私がヤマシタさんに会えてこうした時間をもてたのも偶然ですが、その偶然も〝時〟が運んでくれたんですよね。
またお伺いしたいと思います! それまでに引退しないでくださいね!
中島 次回いらっしゃった時に私が死んでいたら、ヤマシタさんの心に残るような珈琲を淹れて差し上げるのは、「ぢろばた」の二代目店主となる私の息子の役目です。悔しいですが、私にはもう無理かもしれません。でも、二代目が淹れたその珈琲こそが、ヤマシタさんとの出会いを待っていた珈琲かもしれません。そして、その珈琲でヤマシタさんが泣いたりしてね・・・(笑)。
- 珈琲道 ぢろばた
1974年に秩父で創業した珈琲専門店。できればひとり、多くてもふたりで、静かに珈琲と向き合いたい空間だ。
定休日は木曜日。珈琲以外のメニューは一切ないのでご注意を!
住所/埼玉県秩父市東町9-14
TEL/0494-24-3377
営業時間/14時頃〜19時頃
定休日/木曜・末尾に1がつく日(1日、11日、21日、31日)