センスと真心を伝えるための
手土産の〝暮しっく〟
撮影・文/山下英介
親や先生も知らない大切なことを、ぼくたちに教えてくれる〝マエストロ〟赤峰幸生さん。彼から暮らしと装いのクラシック……すなわち〝暮しっく〟を学ぶ本連載、第2回目のテーマは〝手土産〟だ。いつも粋さと親切さに感動させられて、同時に自分の至らなさにハッとさせれる、赤峰さんの手土産作法。その極意とセンスを学んでみよう。
キオスクで買う手土産に
心があるのか?
私の父親は学者でしたから、学生をはじめとする来客が非常に多い家だったのですが、当時は手ぶらで来る方なんていなかったです。人のお宅に行くときは相談事もあるし、何かをご馳走になることもある。それがわかっていて、手ぶらで伺うなんて失礼だ、という考え方ですよね。最近だとただのブランドものとか、駅のキオスクで買って、領収書だけきっちりもらってくるような人もいますが、それで手土産といっても、心ここにあらず。気持ちはないんですよね。
だから手土産というのは、自分が食べて美味しいと思ったものを買うべきなんです。それが多少遠くにあろうとも、相手に喜んでいただくために、あえて時間をつくって買いに行く。それが基本でしょう。
ただ、最近の若い方はあまり手土産文化を習っていないので、紙袋ごとそのまま渡して来られる方もいます。本来なら紙袋から出して、それを両手で持って「どうぞお召し上がりください」と、相手にお渡しする。もしくは風呂敷に包んでお持ちして、その場で開くのがいいでしょう。もちろん紙袋や風呂敷はそのまま畳んで持ち帰るのが、本来の手土産のスタイルなんですね。もちろん、外だったら紙袋でもいいんですよ。
もらうも受け取るも
センスが肝心
受け取る側にもマナーはあります。いただいたお菓子をお出しする機会もありますが、そのときにはやっぱり美味しいお茶を淹れたいですよね。和菓子ならば緑茶でしょうし、洋菓子だったらコーヒーもいい。ただ女性の場合コーヒーよりも紅茶を好む方も多いので、紅茶をお出しすることも多い。番茶というのは、こういう場合にはお出ししないほうがいいでしょう。それは作法でもあるし、ある意味お菓子とお茶をコーディネートする、センスが問われることでもあるんですよね。でも、今日のお茶はちょっと薄かったかな(笑)。
手土産の文化は、ヨーロッパであればその場で包装紙をビリビリに破いてパクパク食べるようなカジュアルな感覚ですが、日本における奥ゆかしい作法は、とても素敵だと思います。「どうぞお口汚しに」……つまり「これでお口を汚してください」なんていう文化は、海外にはないですよね。
最近は、家に誰かを招くという文化もなくなってしまいましたが、私が子供の頃は、3時に来客があるというと、玄関の木戸を開けて水を打っておく。そして母親には、洗面所の手拭いを新しいものに替えておきなさい、と言われたものです。そうやって準備を整えた我が家に来られたお客様は、座敷で正座して挨拶するとともに、脇に置いた手土産を母に手渡しするわけです。
そういった時代と較べると、現代の私たちの暮らしはずいぶん西洋的になりました。突然の来客もありませんし、和室がないという家も多いでしょう。しかし靴を脱いで洋間に上がるような中途半端な和洋折衷だからこそ、どのように振る舞うかは難しい。ですから形式的にならずに、相手に気持ちを伝えるということを優先に、考えるのが大切です。
さて、ここからは私が贔屓にしている3つの手土産をご紹介したいと思います。
旬のお洒落が学べる
「ささま」の和菓子
まずは神田神保町、駿河台下にある「御菓子処 ささま」。こちらは1930年頃に創業した老舗で、叔父の清水幾太郎に連れられて行ったのが最初。定番の松葉最中も大好物ですが、和菓子とは季節を先取りするものですから、今の時期なら桜餅など、旬の彩りを楽しむのもおすすめです。そうした〝今のささま〟を表現したウインドーも、実に美しい。ファッションの参考にもなりますから、ぜひ覗いてみてください。ほかには都立大学にある「ちもと」も美味しいですよ。
赤峰さんのファッションと共通する、繊細なパッケージの配色センスにも唸らされる。クラシックな領収書も一見の価値あり!
気取らず小粋な
民藝のお菓子「さかぐち」
そして九段下の靖国神社近くにある、あられやかき餅の専門店、「さかぐち」。色とりどりのあられや、海苔で巻かれたせんべいを美しく並べた京にしきを好んでいます。甘党ではない方への手土産には、もってこいでしょう。こちらは味ももちろんですが、型絵染作家の鳥居敬一さんがデザインした、洒落た包装紙や箱も目を楽しませてくれます。お店には鳥居さんデザインのマッチも置かれていて、愛煙家の私にとっては嬉しいサービスです。
こちらをデザインした型絵染作家の鳥居敬一は、民藝運動の中心人物のひとり、芹沢銈介の弟子筋にあたる人物。「たいめいけん」や「鈴廣かまぼこ」のロゴもこの方のデザイン!
本場の味が冷凍で楽しめる
「ラ・ビスボッチャ」のティラミス
そして最後に、私がかつてプロデュースを手がけた、広尾のイタリアンレストラン「ラ・ビスボッチャ」のティラミス。最近はお歳暮にも利用させていただいて、とても好評。ちょうどいい硬さと甘さで、誰もが好む味です。食べ応えのあるサイズですが、冷凍になっているので、好きな時に解凍すればよいという点も、手土産にはふさわしいのではないでしょうか。ちなみに「Tiramisu」という言葉には、ちょっとエロティックな意味が秘められていますので、使い方にはご注意を。
箱の大きさは縦9×横21×高さ5㎝。かなり大きく感じるが、ふたりでもあっという間に食べられてしまう美味しさ。半解凍で頂くのもおすすめだ。
これら3軒に共通するのは、百貨店やデパ地下をはじめとした、いわゆる支店を構えていないことです。別にデパ地下が全て悪いわけではないですが、仕切り一枚でほかのお店と言われても気分が乗らないし、悪い意味でブランド化することも多いですから。やはり私は、ブランドではなく自分のセンスで選んだものを皆さんに味わってほしいんです。ですから「ささま」や「さかぐち」あたりは自宅から1時間はかかりますが、ついでじゃなくて、そのためだけに買いに行きます。全く億劫ではない。召し上がった方に喜んでいただければ、何よりです。
1944年東京都生まれ。1960年代から様々なメンズブランドの企画を手がけ、1990年に自身の会社「インコントロ」を設立。有名ブランドの立ち上げ、アパレル企業のコンサルティング、イタリア郷土料理レストランのプロデュースなどを通して、豊かさの本質をぼくたち日本人に紹介してきた。現在はオーダースーツのブランド〝アカミネロイヤルライン〟を運営。