赤峰さんと学ぶ!
手書きと万年筆の〝暮しっく〟
In Montblanc
写真・動画撮影/古江優生
構成/山下英介
2022年3月5日に「モンブラン銀座本店」で開催された『赤峰幸生の万年筆講座』。〝暮らしと装いのマエストロ〟赤峰さんに手書きという文化、そして万年筆という作法について学ぼうというこの催しには、世代を問わず勉強熱心な〝ぼくたち〟が集まり、とても素敵な空間になった。会場の都合でお呼びできなかった参加希望者の皆さんや、万年筆に興味のあるみんなのために、今回はその模様のほんの一部を抜粋・再編集して公開。注目の若手クリエイター、古江優生さんが撮影した動画とともに、お楽しみください!
ボールペンがない時代を知る
赤峰幸生の手書き作法
今日は赤峰さんに、SNS時代を生きるぼくたちが見落としてしまいがちな、手書きの文化について教えていただきたいと思います。
赤峰 私はもう60年近くクラシックの服にまつわる仕事をやっていますが、〝クラシック〟という概念は、なにも服だけではない。コミュニケーションのあり方にも必要なことです。
最近は皆さん、SNSでのコミュニケーションが主流になっていますが、それだけでは自分の本当の気持ちは伝わらないですよね。やはり自分の心が込もった生の言葉を、文字という形にして相手に伝えることは非常に大切なんです。
もちろん、どの言葉を選ぶのかは皆様次第ですが、いわゆる敬語などは普段から使っていないと、いざというときにぎこちなくなってしまう。だからチラシの裏にでもいいから、常日頃から書くことを習慣づける。それにはやはり、筆か万年筆が一番だと思うのです。私はモンブランの万年筆を長年愛用していますが、その強い筆圧に合わせて、自分だけのペン先に育っている。私は決して字が上手いほうではありませんが、自分の手から生まれた言葉だから、相手に伝わると思うんですね。
私の父はいわゆる地理学者で、非常に筆まめな人でした。私が生まれる前からつけていた日記や、旅先から母に送ったラブレターを今になって読んで、万年筆で書かれた小さな文字に驚かされたり、その時代に思いを馳せたりします。そういう楽しみがありますから、若い皆さんにはぜひ、今から自分の文字を書き残しておいてほしいのです。
赤峰さんにとっての
万年筆、そしてモンブラン
赤峰さんとモンブランとの出会いって、いつだったんですか?
赤峰 私が小学生の頃通っていた耳鼻科に、松田先生という方がいました。ドクターバッグから取り出したカルテに診断内容をピピッとドイツ語で書き込んでいくんですが、その時に使っていたのがモンブランの万年筆。まだ1950年代でしたから、モンブランの存在なんて、普通の日本人は誰も知らないのですが、だからこそやけに印象に残っています。ちなみに松田先生のクルマはこれまたドイツ車のボルボ。以来私はモンブランの万年筆とボルボの車を長年愛用し続けました。クルマは小さな国産車に乗り換えてしまいましたが、モンブランは今でも手離せません。クラシックの代表ですね。そういえば、モンブラン(Montblanc)はフランス語で〝白い山〟という意味ですが、私はモンルージュ(Montrouge)、すなわち赤峰です(笑)。
写真提供/山下英介
あと万年筆といえば、私の世代にとっては映画『太陽がいっぱい』(1960年公開)の影響も欠かせません。貧しい主人公のリプリー(アラン・ドロン)が、お金持ちのフィリップ(モーリス・ロネ)を殺して成りすますのですが、そのときリプリーが、フィリップのサインを真似るために一生懸命練習するんです。彼が使った万年筆はおそらくモンブランだと思いますが、私もその筆跡を一生懸命真似しました(笑)。今でも同じように書けますよ。私はこの映画を100回くらいは観ていますが、洗練された装いやフォークとナイフ使いなど、学べるところが非常に多いのでおすすめです。
モンブランって、
何がすごいの?
目からウロコの話がどんどん飛び出してきたところで、ちょっと専門的な話も伺ってみましょうか。モンブラン銀座本店に在籍する万年筆のスペシャリスト、鞘野光代さんにお伺いしたいと思います。早速ですがモンブランの万年筆って、なにが違うんですか?
鞘野 モンブランは100以上の工程を費やして万年筆をつくっているのですが、そのうちの50がペン先にまつわる工程。ちなみにペン先には14金か18金をあしらっています。またドイツの工房にはペン先を調べる係が在籍しており、彼らは防音室に籠ってペン先の可否を耳で聞き分ける。そういう様々な工程を経て、合格したものだけが私たちのお店に届くのです。
先ほど赤峰さんが、「ペン先がなじむ」と仰いましたが、万年筆の〝なじみ感〟とは、どこから生まれるんですか?
鞘野 ペン先にイリジウムという金属を使っているのですが、それは職人がつくる段階で90%程度まで完成させ、あとの10%は皆様がお使いになることで完成するよう仕上げています。書き手の筆圧や速度などに合わせてイリジウムが削れていき、自分だけの書き味が生まれるのです。
写真提供/モンブラン
やはり海外では、日本よりも万年筆という存在の重要性が高いのでしょうか?
鞘野 海外はハンコではなくサイン文化なので、書類100枚にサインといったシーンも多いのです。そういった意味で、ボールペンよりも滑らかに書けて疲れにくい、そして自分の実力以上の文字が書ける万年筆という道具は、現代でも幅広く愛用されていますね。
なるほど、サイン文化ですか。
鞘野 ですから赤峰さんが練習されたように、自分のサインをつくらないといけないんですよね。
モンブランは100年以上の歴史を誇るブランドですが、日本の作家さんでも愛用者は多いそうですね?
鞘野 そうですね。山崎豊子さん、開高健さん、三島由紀夫さんなど、様々な作家さんにご愛用いただいておりました。池波正太郎さんは、「万年筆は男の武器だ」と仰っていたそうです。
開高健さんは『マイスターシュテュック 149』を愛用されていたそうですが、〝自分の手の一部〟とまで語っていますね。
赤峰 これ、以前持っていたけれどなくしちゃったんだよな(笑)。
『149』はモンブランさんにおけるアイコニックな名品ですが、誰が書いてもびっくりするような書き味で、ぜんぜん疲れないですよね。
鞘野 はい、重さや軸の太さなど、非常に考え抜かれた設計でして、100年間にわたってほとんど変わっていませんね。調印式などの場面でも使われています。
写真提供/モンブラン
上手い下手より、
自分だけの表情をつくり出そう
赤峰さんは、常日頃〝四種の神器〟という言い方をされますよね。
赤峰 私は、装いには「ここを決めとけばある程度ちゃんと見える」という4つの道具があると思っています。それは靴、時計、バッグ、そして万年筆。かといって豪華なものを使えというわけではなく、全体が調和していないと、美しく見えません。ですからスーツの胸ポケットにモンブランを挿して自慢しているような若いヤツを見ると、つい「お前これで文字を書いてみろよ」って言いたくなっちゃうんです(笑)。やはり万年筆は書く道具ですから、書けなくては意味がない。普段はしまっておいて、いざというときに取り出してピッと書く。それが万年筆における調和であり、格好よさですよね。
写真提供/山下英介
ですから皆様には、字の上手い下手などは気にせず、どんどん書いてほしいのです。そういう中で、意識すべきは基本のきであるひらがな。皆様は学校で万葉集や平家物語などは教わっていると思いますが、あそこで使われているひらがなは、美しいメロディを彷彿させますよね。あんな字はとても書けませんが、今日はぜひ、ひらがなでご自分のお名前を書いていただいて、私に見せてもらえませんか? もちろん縦書きで。
それでは一度、赤峰さんにお手本を・・・。おお、とても美しいですね!
赤峰 いや、そんなことはありませんが、花を生けるような感覚ですよ。そしてハーモニー。気持ちがイライラしていたら字にも出るので、心の持ちようも大切です。
(数分後)みなさんとても素敵な字ですね!
赤峰 字は上手い下手じゃなくて、表情なんですよね。だからあまり上手く書こうとせずに、自分の気持ちをペン先に伝えて、グワッと勢いよく書く。あとは繰り返し使っていけば、自分だけの文字が生まれますよ。こうやって自分の指先を使って文字を書くと、楽しいでしょう? そうしていると、いつまで経っても老けませんよ(笑)。
赤峰さんと参加者たちによる
万年筆にまつわるQ&A
皆さん、赤峰さんに質問などはありますか?
Aさん/私はまだ18歳なのですが、赤峰さんは失敗に対してどう向き合っていくべきだとお考えですか? 万年筆と関係ない質問ですみません(笑)。
赤峰 お若いですし、これから失敗することはたくさんあると思うんです。でも、それは全く問題ありません。大切なのは、失敗した後のこと。自分を無理に肯定することなく失敗と向き合い、叱られることを恐れないでほしいね。叱ってくれる人に近づかない、というのはよくない。
Bさん/赤峰さんは、どういうシーンで万年筆を使われますか?
赤峰 やはり手紙ですね。なんでもというわけにはいきませんが、筆と万年筆はできるだけ使うようにしています。あと、私はデッサンをしてみたり、自分の好きな本の気になった箇所に二重線を引いたり、感想を書き込んだりしています。本をノートがわりに使うのは、格好いいと思いますよ。
Cさん/赤峰さんの好きなインクの色はなんですか?(Cさん)
赤峰 あまり黒は使いませんね。ロイヤルブルーが一番好きです。ちなみに鞘野さん、万年筆のインクにも「不祝儀」みたいな概念はあるんですか?
鞘野 ドイツではそういう文化はありませんが、日本では気にされる方もいるので、薄墨に見えるグレーをおすすめしています。モンブランは10種類以上のインクを揃えており、なかにはウイスキーの香りがするようなものもあります。きっと皆様のお好みのインクが見つかると思いますよ。
Dさん/お気に入りの1本の見つけ方ってありますか?
赤峰 持ったときの相性があるので、何度も試すしかないですね。そのペンを持っていると文字を書きたくなるか? という観点で選んでください。お箸と同じで、持った瞬間にわかりますよ。あとおすすめしたいのは、ご自分の名前や買った日の日付を刻印してもらうこと。何十年か後、自分の次の世代に継承するときに、記念になりますから。
Eさん/洋服と同じように、万年筆もヴィンテージがいいですか?
赤峰 万年筆は洋服と違って書く道具ですから、自分だけの文字を生み出すためにも、できる限り新品から使い込んでなじませるのがよいでしょう。ただ、親から万年筆を受け継いだり、自分が育てた万年筆を次の世代に継承するという考え方は素晴らしいですよね。
それでは、以上をもって万年筆講座を終了させていただきます。赤峰さん、最後に一言お願いいたします。
赤峰 今回はこういう機会をいただき、ありがとうございます。メールやSNSの便利さは、ときに麻薬のように皆さんの生活を蝕むこともあります。ですからインフルエンスだけを気にせずに、自分らしく着ること、食べること、そして書くことを楽しみ、自然と調和しながら生きることを意識してください。万年筆とは、そのための有効な道具のひとつだと私は思います。
- モンブラン銀座本店
万年筆の最高峰、モンブランの旗艦店。筆記具のみならず、バッグや時計までブランドの全ラインナップがそろうのに加え、2階には世界でも珍しい「インクバー」を設置。マイスターの案内によって、自分だけの1本、自分だけのインクを探すことができる。もちろん修理も対応可。記事中に登場した万年筆博士の鞘野さんも在籍しているから、ぜひ遊びに行ってみよう!
住所/東京都中央区銀座7-9-11
TEL/03-5568-8881
この記事をご覧になって、4月30日までにモンブラン銀座本店で商品をご購入された方には、赤峰幸生さんが万年筆でサインを入れた特製ノートをプレゼント! 数に限りがあるので、お早めにお求めください。