赤峰さんが77年をかけて
たどり着いた暮らしと
装いの哲学〝暮しっく〟
撮影・文/山下英介
道端に咲く花の可憐さ。退屈だと思っていたブラウンやグレーという色のエレガントさ。ヴィンテージ生地の味わい深さ。土鍋で炊いたご飯の甘さ。花森安治の言葉の力強さ。そして、洋服や顔に刻まれたシワの格好よさ……。ぼくたちには、親も先生も教えてくれなかった大切なことを、惜しげもなく教えてくれるおじさんがいる。その名は赤峰幸生さん。ちょっとだけ怖いけど実は飛び切り優しい、暮らしと装いの〝マエストロ〟に、今月も会いに行こう。
リネンスーツとおしっこのシミ
「イタリアではどんな田舎の街でも、日曜日ともなるとおじいちゃんたちが一張羅のスーツを着て、広場に集まってくるんだよ。それがオフホワイトのリネンやコットンのスーツだったりするんだけど、何十年も着てるから、ズボンの股のあたりにおしっこのシミがついて黄ばんでたりするわけ。でもオフホワイトと黄色が混じったその色合いが、なぜだかいい味出してる。そういうのを見ると、〝負けた〟って思うね」
この話を聞いた瞬間、ぼくも〝負けた〟と思った。20年以上この仕事をしているけれど、こんなことを言うファッション業界人には一度もお目にかかったことはない。
ぼくは今まで、「今季のVゾーンはグリーンがトレンド」とか、「ズボンの裾幅は18㎝が今どき」とか、「究極のラグジュアリーとはなんぞや」なんて調子の記事をたくさんつくってきて、赤峰さんにもよく取材をしたものだが、ご本人はそんな話しにはそれほど興味がない。
「ファッション雑誌なんて読まなくていいからさ、朝起きたら窓を開けて、外の景色を見てみろよ。その色をVゾーンで表現するんだよ」とか、「トレンドに詳しいヤツなんかより、土鍋でご飯を炊けるヤツのほうが100倍格好いいんだよ」という調子なのだが、郊外の核家族で育ったぼくにとってその言葉はとても新鮮で、心に気持ちよく響いたのだった。ちなみに赤峰さんと付き合いの古い友人曰く、「40年前から言ってることが全く変わっていない」とのこと。このブレのなさ、おそるべし。
クラシックキッズは現代のパンク!?
そんな赤峰さんは、近ごろ若者たちの間では大人気で、日本各地で開催されるスーツのオーダー会は大盛況だし、トークショーには15歳の中学生が一張羅のジャケットを着て参加したりもする。その話をするとみんな驚くのだが、郊外育ちのぼくにはよくわかる。日本中どこでも変わり映えのしない都市の、機能的にリノベーションされた住まいで、一年中似たようなものを着て、食べて生きているぼくたちや、その下の世代にとっては、赤峰さんが経験してきた装いや暮らしは、単純に〝古き良き〟という言葉で片付けられるもんじゃない。たまらなく新鮮で、ある意味では反逆的で、そしてエキサイティングなんだ。前述した15歳の男の子は、「学校にも家族にも、全く理解されていません(笑)」と言っていたが、彼はもしかしたら現代のパンクなのかもしれない。
あなたは花の名前をいくつ言えますか?
かつては大手アパレル企業や百貨店のコンサルティングが中心だった赤峰さんのビジネスは、10年ほど前から、エンドユーザーと直接向き合う〝注文紳士服〟のスタイルに変革を遂げていった。普通、日本のオーダースーツといえば「お客様の求めるままに」というのが定石だけれど、赤峰さんは違う。「あなたにはこの生地は似合わない」「こういう服を着るべきだ」とはっきり言うし、ときには愛のある説教も行われる。「素足でダブルモンク? バカヤロー、そんなのさっさと捨てちまえ!」てな具合に。その様子はまるで学校のようなのだが、お客さんたちも、進んでその関係性を楽しんでいるようだ。
「別に頑固オヤジをやりたいわけじゃないけれど、デパートで買ってきたおせち料理を喜んで食ってるような若い連中が、いくらクラシックスーツです、なんて威張ったところで全然格好よくないんだよ。花や木の名前も知らない。縦書きで文字を書いたこともない。あまりにも今の日本人は、文化的教養がなさすぎる。イギリスに行くと、タキシードに派手なベストを合わせている紳士がいるけれど、あれは正装の歴史があるから崩すことができるんであって、それを知らずに日本で真似してもチンドン屋みたいだろ? そういうことは、本当は親や学校が教えなくちゃいけないんだけれど、誰もやらないんだったら、ぼくがやるしかないよね。だから、洋服をつくりながら若者を育てているんだよ」
赤峰さんがぼくたちに伝えたいことは、ラグジュアリーなライフスタイルでも、お洒落になるためのテクニックでもない。自己陶酔型のダンディズムとも違う。強いて言うならばジェントルマン=紳士道に近いのだろうけれど、階級社会を背景に生まれて、現代ではひとり歩きしてしまっているこの言葉を当てはめるのには、ちょっと違和感がある。だって赤峰さんの教えは、誰にでも開かれた、生活に根ざした「知恵」のようなものだから。要するに、暮らしのなかのクラシック……〝暮しっく〟ってこと!?
というわけでこの連載では、77歳の〝ぼくのおじさん〟赤峰幸生さんと一緒に、楽しくて奥深い〝暮しっく〟の道を探っていきたいと思っている。
1944年東京都生まれ。1960年代から様々なメンズブランドの企画を手がけ、1990年に自身の会社「インコントロ」を設立。有名ブランドの立ち上げ、アパレル企業のコンサルティング、イタリア郷土料理レストランのプロデュースなどを通して、豊かさの本質をぼくたち日本人に紹介してきた。現在はオーダースーツのブランド〝アカミネロイヤルライン〟を運営。