赤峰さんも感激!
月光荘の色が生まれる
夢の絵の具工場(上)
撮影/山下英介
月光荘おじさんが人生を懸けて取り組んだ絵の具づくりは、今もなお月光荘ビジネスの根幹であり続けている。この美しい色が存在する限り、月光荘おじさんは生きているんだ! ここでは、青春時代に月光荘おじさんと触れ合った経験をもち、今もその絵の具を愛用する赤峰幸生さんと一緒に、埼玉県にある月光荘の工場を訪れた様子をリポート。そのものづくりに宿るおじさんの魂と、月光荘の色が生まれる瞬間を体感してほしい。
赤峰さんは
月光荘おじさんを知っていた
「いやあ、月光荘おじさん、なつかしいなあ!」
『ぼくのおじさん』でおなじみの赤峰幸生さんは、なんと月光荘を長年贔屓にするお客さん。特に1960年代初頭、桑沢デザイン研究所に通っていた頃は足繁く通っており、月光荘おじさんと何度も話したことがあるという。
「月光荘で絵の具を買って、日動画廊で絵画を見て、たまには銀巴里で美輪明宏のシャンソンを聞いて・・・。それが1960年代、お金がなかったぼくの銀座の過ごし方。あの頃の月光荘おじさんはすごく甲高い声で、いつも誰かを怒っていた。子供用の安い絵の具ないですか?って聞いてきたお母さんに、『安物でいいのはおまえさんのほうだよ! 子供には一番いい絵の具を使わせなきゃダメなんだよ!』って怒っていたのを覚えている(笑)」。
今でも旅先にスケッチブックを持って行って、素敵な景色を見つけたときは、月光荘の水彩絵の具で風景画を書き出しちゃう赤峰さん。その所作はiPhoneでパシャパシャやるよりも、よっぽど格好いい。
今日は、そんな赤峰さんと一緒に、埼玉県三芳町にある月光荘の絵の具工場「月光荘ファルべ」を訪ねてみた。実はこの歴史ある工場は、2021年6月にリノベーションされて、絵の具工場とカフェバーを併設し、さらに驚きのプロジェクトも進行している、今までにない複合施設へとリニューアルを果たしていたのだった。さて、ものづくりにかけては誰よりも厳しい目をもつ赤峰さんは、この施設をどう見るのか?
職人の仕事が身近に感じられる
カフェ&バー
東武東上線のみずほ台駅から徒歩20分ほど。都内からクルマで行くと、関越自動車道の所沢インターチェンジからほど近く。印刷にまつわる工場が建ち並ぶちょっと殺風景なエリアのなかに、突然姿を見せるおしゃれなカフェ風の建物。それが「月光荘ファルべ」である。
ぼくたちを案内してくださったのは、三代目店主の日比康造さん。
「この工場は40年以上稼働しており、主に油絵の具をつくっているのですが、ものづくりはそのままに、昨年全面リノベーションしました。そのコンセプトは、アートのオープンキッチン化。農家さんが畑で採れた農作物をそのままキッチンで料理してお客さんにお出しするような感覚を、アートに持ち込めないか?という考えから生まれました」という日比さん。こちらはカフェ営業をするとともに、ライブや蚤の市などのイベントも開催して、すでに地域の人々に親しまれているらしい。
それにしてもアートのオープンキッチンってなんだろう?
美味しいビーフシチューをいただきながら周囲を見回すと、ガラス戸の向こうには油絵の具の工場が!
「美味しい蕎麦屋さんって、職人が打っているところを見られるじゃないですか(笑)」と日比さんが語るように、今まで想像したこともなかった絵の具づくりの模様を見ていると、確かにアートが身近な存在に思えてくる。早速見学してみよう!
ここは色が生まれる瞬間。
絵の具工場はアートだ!
さっきのお洒落なカフェとは全く趣を異にする、古い機械が並べられた絵の具工場。ここではふたりの職人さんによって1日数百本の油絵の具が製造されているという。
この日作業の模様を見せてくれたのは、ふたりの職人さんのうちの若手のほう、鈴木竜矢さん。もともと月光荘の社員であると同時に芸術家でもある彼は、色に対する感性を見込まれて、数年前から絵の具職人として活躍している。後継者難が叫ばれている職人の世界だが、絵の具づくりの世界でも同様のようだ。
油絵の具は顔料と油や防腐剤などを配合してつくられる・・・というと簡単そうだが、ただレシピ通りに混ぜて機械にぶち込めばOKというわけではない。原材料となる鉱物はもともと自然石だし、同じ顔料でも季節によって色が違ったりする。それを職人の目で調整しつつ、いつでも変わらない〝月光荘の色〟に仕上げていくのは、至難の業なのだ。
「出の色、中間の色、そして最後に伸ばした先の色が少し黄味がかっているとか、そこまで見抜ける色に対する感性がないと、絵の具職人は務まりません。画家の色に対する感覚は異常ですから、そこに対峙しなくてはいけませんからね」(日比さん)。
もちろん、感性だけに頼ってもいられない。その作業自体も、かなりの重労働である。
材料をローラーで練って、均一にならして、出てきた絵の具をホーローの鍋にとって、またローラーにかけ直して・・・という作業を何十回にわたって繰り返して、ようやく月光荘の油絵の具は完成する。
職人さんが1日がかりで作業してもつくれるのは1色、約6リットル程度。高いお金を払って原料となる鉱物を仕入れても、それが捌けるのは数年後の世界だという。そこまで心血を注いでつくった貴重な油絵の具も、製品になってしまったら1本539円〜。ちょっと安すぎるような気もするが、絵の具は実用品なのだから、仕方ない。若い絵描きさんにだって、いい道具を使ってほしいし。でも、せめて心に刻んでおいてほしい。こういったものづくりが現代に残っているのは、当たり前じゃない。奇跡なんだ。そして一度失われてしまったら、もう二度と取り返せない文化なんだ。みんな、わかってる?
ちなみに絵の具工場には、材料を練る「練場」と、材料を配合する「粉場」があるのだが、ここがまた素敵。
顔料を袋や容器から取り出すスコップそのものが、もはやアートなんだ! ちょっと浮ついた表現かもしれないけれど、絵の具工場やその職人さんたちの姿が、素直に格好いいと思えてしまう。
工場の傍らには、藤田嗣治をはじめとする月光荘に関わりの深い芸術家たちの写真が飾られ、職人の仕事を常に見守っている。もちろん、月光荘おじさんも!
「いやあ、ここはうらやましい!」
ものづくりの現場をこよなく愛し、さまざまなファクトリーを訪れた経験をもつ赤峰さんも、このファクトリーからはおおいにインスパイアを受けた様子だ。でも、この工場にはまだ先がある。〝アートのオープンキッチン〟とはいったいなんだろう? 1回では紹介しきれなかったので、次の記事をご覧いただきたい。