〝本当の大人〟になれる場所、
山の上ホテルのレストラン
談/中込憲太郎
写真・構成/山下英介
世の中にある美味しいものや、その周辺に存在する文化やマナーを〝ぼくのおじさん〟たちから学ぶこの連載。第1回は、憧れのコートブランド「コヒーレンス」や、ジャケットブランド「オルビウム」を手がけるクリエイティブディレクター、中込憲太郎さんが登場。東京・お茶の水の高台で長年営業を続ける〝文化人のホテル〟、山の上ホテルを紹介してくれた。
お茶の水と神田が
カルチャーの学校だった
山の上ホテルがあるお茶の水から神保町は、両親が若い頃に遊んでいた場所でもあり、子供の頃からのなじみの場所でした。母親のお供で、岩波ホールで映画を観て、古書店に行って、伯剌西爾(ぶらじる)でコーヒーを飲む……といったルーティンがありまして。「あんたも一冊買っていいよ」とか「これ観とかないとまずいよ」なんて、小学生だったのに容赦ないですよね(笑)。
そんな神保町巡りの目的地のひとつとして、山の上ホテルにも出会いました。今はなき別館にあったフランス料理店で、鴨料理を食べたことをよく覚えています。子供の頃からそういう経験をしていたことで、自分の財布で食事できるようになってから、ちょっと身分不相応ないい店に行ってもあまりたじろがない、図々しさを身につけられたかもしれません(笑)。
和紙人形の作家だった祖母は、池波正太郎や藤沢周平といった時代ものの小説が好きだったので、大物作家御用達としての山の上ホテルの存在も聞かされていました。大人になり自分がそういった小説を読むようになってから、さらに縁を感じるようになりましたね。
その魅力は、やはり東京が長年培ってきた、歴史と食文化を体感できることです。外資系ホテルとは違う、日本式西洋スタイルならではの、背筋がちょっと伸びる感じや、奥ゆかしいサービス、ちょうどいいスケール感……。都心のホテルとしては稀な、どこか個人商店を彷彿させる温かみがあるんですよね。
「てんぷらと和食 山の上」から「バー ノンノン」へ
こちらに入っているレストランはどれも美味しいところばかりですが、なかでも好きなのは、「てんぷらと和食 山の上」です。お任せコースを頼みつつ、旬のおすすめや自家製のおつまみを注文することが多いですね。店名に〝てんぷらと和食〟と掲げられているとおり、つまみも美味いんですよ。お酒は最初にビール、それから日本酒、そして氷なしの水割りで天ぷらをやるのが好きかな。
冬の旬、甘鯛を揚げてくれた矢島料理長。うろこをつけたまま揚げるが、あえてそのうろこには衣をつけないことで、身とは違ったカリカリとした食感を楽しめるように計算している。〝素材揚げ〟の真髄がここに!
コロナ禍前は海外からの友人やお客さんを連れて行くこともありましたが、揚げかたひとつとっても、彼らが現地の和食店で食べ慣れている天ぷらと、ここで出てくる天ぷらはまったく概念が違うので、驚かれます。
食後は、ランチだったら「ヒルトップ」でコーヒーを飲んで、古書店を巡るのが最高ですが、夜なら「バー ノンノン」に。カルバドスを使ったカクテル、ジャックローズでお腹をすっきりさせてから帰ります。
素敵な大人たちが集う、英国式のクラシックバー「バー ノンノン」。「クラシックバーだからこそ、新しい提案をできるように心がけています」と語る、親切なバーテンが迎えてくれる。こういう場所では知ったかぶりせずなんでも聞いて、勉強させてもらおう。写真は中込さんが頼んだジャックローズだ。(¥1,760 ※税込・サービス料別)
なんでも聞いてみよう、
そして勉強してみよう
私は主に家族や、食いしん坊な友人同士で楽しむことが多いのですが、こちらのレストランやバーは、あまり高級店に慣れていない若い方にもおすすめしたいです。間違いなく美味しいですし、ホテルならではのホスピタリティで、わからないことがあればなんでも聞けますから。高級な個店でそれをやろうとすると、お店側の思いはさておき、どうしても萎縮しがちな方もいらっしゃるのでは? 若いときにこういうレストランで美味しいものを食べることで、食における自分のスタンダードというか、物差しがつくれると思うんです。
若い人たちにもうひとつアドバイスしたいのは、山の上ホテルに行く前に、コートはどこで脱ぐのか? 帽子はどこで取るのか? といった社交場での振る舞いかたやマナーを、自分なりに調べてみること。
池波正太郎さんの時代、まだ稀だった海外渡航者は、その国やホテルに失礼のないように一生懸命勉強してから行ったそうです。それって自分が知らない文化や習慣、マナーがあるかもしれない、というイマジネーションじゃないですか。異なる文化や人格に対するイマジネーションがあるということが、本当の大人たる条件。山の上ホテルは、そういうイマジネーションを磨くための、練習ができる場所だと思うんです。
- 山の上ホテル
1954年の創業以来、作家や文化人にこよなく愛される、丘の上の小さなホテル。アール・デコ様式の建築、個性的な客室、マニュアルを超えた心からのホスピタリティといった魅力に加え、粋な大人たちに長年支持されているのが、7つの本格レストラン&バー。テイクアウトやルームサービスも好評だ。
宿泊予約電話/03-3293-2311(代表)
レストランへの問い合わせ/公式HPをご確認ください
世界各国の粋人たちを虜にする、緻密なこだわりと物語を兼ね備えたアウターウェアブランド「コヒーレンス」や、ジャケットブランド「オルビウム」のクリエイティブディレクター。ファッションはもちろん建築、音楽、文学、食といった、幅広い分野のクラシックカルチャーに深い造詣を誇る。語学も堪能で、20代の頃からパリやフィレンツェのテーラーでスーツを仕立ててきた、人生経験豊富な「ぼくのおじさん」。