英国紳士
ダグラスさんと語る
フォーマルを
愉しむための暮しっく
撮影・文/山下英介
コロナ禍の反動なのか、最近急に増えてきたパーティや華やかなイベントごと。でも、ぼくたち日本人がいつも困ってしまうのが、どんな格好をして臨むかという問題だ。そこで今回は、赤峰さんにフォーマルの心構えを教えてもらおう! というわけでいつもの「めだか荘」に伺ったところ、そこには衝撃的な光景が・・・!
騎士道のフォーマルと
武士道のフォーマル
赤峰さん! そして英国を代表する生地メーカー、FOX BROTHERSのCEOであるダグラス・コルドーさん! ふたりでいったいなにをしているんですか(笑)。
赤峰 いや、今日はフォーマルについて語るというから、ダグラスさんに日本の正装である着物を試してもらおうと思って、私物を引っ張り出してきたんです。
ダグラス 本格的な着物にトライしたのは初めてですが、意外なことに、とても快適な着心地で驚きました。ただ、その着方は難しい。ひとりで着たら絶対にだらしなくなってしまうと思います。
赤峰 格の高い「角通し」という柄の着物に、お召し(ちりめんのようなシボのある素材)の羽織と袴を合わせたこのスタイルは、略礼服にあたります。いわばダークスーツのようなものですから、普段着てもよいのですが、パーティや結婚式にお呼ばれしたときにも着用できます。私は初詣のときに着ていますね。着物は生地によって格式が細かく分かれていますし、式典には家紋が必要ですから、また奥が深い世界なんですよ。ぼくはお茶の嗜みがあるわけじゃないし、和装に通じているわけでもないけれど、日本人としては、少しはちゃんとした着物を揃えておかないとね。
ダグラス 着物、羽織、そして袴。ひとつの装いの中に様々なテキスタイルがミックスされていて、とてもアメージングですね。
赤峰 羽織はジャケットのようなものですね。これを着ることによって、着こなしの格が高くなる。和装と洋装は考え方が違うから、あまり応用できるものじゃないけれど、着物における黒紋付の袴って、モーニングコートのトラウザースと同じ縞柄でしょう? これは明治時代に政府が礼装を定めたときに、英国のフォーマルを参考にしたからなんだよね。
ダグラス それは興味深いですね。帯の存在はカマーバンドを彷彿させます。
赤峰 ご明察。この袴は「馬乗り袴」といって、馬に乗りやすいようズボンのような二股になっているわけだけど、英国のフォーマルも乗馬から由来した要素は多いですよね。つまり武士道文化と騎士道文化から生まれている。だからこそ、ダグラスさんが着物を着て京都に行こうが、ぼくがタキシードを着てロンドンに行こうが、全く違和感はない。でしょ?
ダグラス さすがに私はナイトではありませんが(笑)、赤峰さんのタキシード姿はとてもゴージャスです。いつくらいにつくったんですか?
赤峰 30年くらい前にロンドンで仕立てました。
ショールカラーのダブルブレストのタキシードを、気負わず普段着のように軽やかに着こなす赤峰さん。ボウタイは手で結えるのがこだわりだ。エナメルではなく磨き上げたカーフのスリッポン、スタッズボタンではなく白蝶貝をあしらったワイドカラーのドレスシャツなどに、こなれた雰囲気の秘密があるのかも!?
ダグラス 30年前! 私もその頃、親から譲られたタキシードを着てパーティに行ったことを思い出します。実は英国では袖が擦り切れた古いフォーマルウエアこそが誇らしい、という文化があるんです。きっと着物でも同じですよね?
赤峰 もちろん着物も、代々継承していくものです。着物は直線的な裁断でつくられているから、仕立て直しやすいというメリットがあるんですよ。
ダグラス それは面白いですね。
タキシードを〝正しく〟
楽しむ方法とは?
赤峰さんは、日本人のフォーマルスタイルについて、思うところがあるんですか?
赤峰 まあ、中途半端ですよね。結婚式に着て行ったブラックスーツを、次の日お葬式にも使い回すような、兼用型のフォーマルが主流というか。それは戦後、日本人のフォーマル文化が、アメリカからの影響を強く受けたことが原因なんです。〝着てさえいればいい〟という考え方になってしまう。
ダグラス そういう着回しは、英国ではありえませんね。まあ、階級社会なのでボウタイを結べないような人も多いですが。
赤峰 英国の古着屋さんに行けば安くていいタキシードがたくさん売っているから、コストをかけなくてもちょっと直せば着られるんだよね。英国人にとっては、タキシードなんて普段着みたいなものでしょう?
ダグラス 確かに若い頃から「ブラックタイ」指定のパーティに接する機会は多かったですね。「ホワイトタイ」はそれほど多くありませんでしたが。かつては夫のために美しくボウタイを結んであげられることが、妻の嗜みだった時代もあるそうです。現在はFOX BROTHERSの主催でパーティを開催することが多いのですが、ドレスコードごとにバラエティに富んだ装いを楽しむお客様を見るのが、私にとっても大きな喜びなんです。
赤峰 実は今夜も、ぼくとダグラスさんの主催でパーティを開催するんですよ。さすがにブラックタイ指定だと来られる人も少ないから、グレースーツもアリにしているけど(笑)。
それでタキシードを着られていたんですね。
赤峰 バラシアの生地で仕立てたタキシードに、ピケ素材のイカ胸シャツを合わせて、フリンジの付いたシルクのストールをひっかけてね。こんな格好は30年前からやってるけど、けっこう粋がってたな(笑)。カフリンクスはパールとオニキス。カマーバンドは白と黒、そしてグレー。それくらいは持っていてほしいかな。
ダグラスさんはどんな装いで出席するんですか?
ダグラス バラシア生地を使ったシングルブレストのタキシードジャケットに、ブラックウォッチのトラウザースを合わせようと思っています。
やはり正統派のタキシードにはバラシア生地がおすすめですか?
ダグラス バラシアは伝統的な選択肢ですね。フランネルもいいですよ。
ブラックウォッチのトラウザースは、正統派のフォーマルシーンではアリなんですか? ちょっとカジュアルにも思えますが・・・。
ダグラス これはスコットランドにおけるトラディショナルです。
赤峰 キルトスカートの代わりだよね。
ダグラス そうです。今や国際的なフォーマルとして通用しますよ。
たとえば、タキシードジャケットにスニーカーやダメージジーンズを合わせるようなスタイルもありますが、これについてはどうお考えですか? ファッション業界やセレブリティのパーティスナップを見ると、そういうスタイルも多く見られますが・・・。
ダグラス ファッション業界ではいいかもしれませんが、英国の正統的なパーティでそれをやると、眉をひそめられますね(笑)。
赤峰 日本の場合、英国と違って都会に行くほど伝統的な文化が略式化されて、なんでもアリになってしまう。むしろ田舎のほうが、紋付袴で結婚式に出席するような文化は残っていますよね。ただ、たとえ機会は少なくても、ちゃんとしたタキシードや着物さえ持っていれば、様々なパーティに出席できて、公私ともに出会いのチャンスは広がるじゃないですか。体型さえ変わらなければ、一生着られますし。ですから若い人には、ぜひとも正しいフォーマルスタイルの楽しみ方を覚えてもらいたいですね。
1964年生まれ。テキスタイルデザイナーとしてキャリアを積んだのち、2008年に英国の名門生地メーカーFOX BROTHERSの経営権を取得。同社の経営を立て直す。英国を代表するウェルドレッサーとしても知られ、FOX BROTHERSの生地の魅力を、身をもって世界中に伝えている。