2024.11.21.Thu
今日のおじさん語録
「世界はあなたのためにはない。/花森安治」
『ぼくのおじさん』<br />
インタビュー
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連載/『ぼくのおじさん』 インタビュー

故郷・北京で
個展を開催!
Mr.SLOWBOYが語る
中国のお洒落と
クリエイター事情

撮影・文/山下英介

2024年1月、「ぼくのおじさん」は中国・北京へ旅に出た。その目的は、ロンドンを拠点に活動する世界的イラストレーター、Mr.SLOWBOYことフェイ・ウォンさんの個展を取材すること。以前本誌に掲載した穂積和夫さんとの対談記事をもう一度読み返してもらいたいけど、実はフェイさんの故郷は北京なので、この個展は凱旋ライブみたいなものなのだ! ここでは彼の活躍ぶりをレポートするともに、中国のファッションやクリエイターを取り巻く環境についてもインタビューしてきた。

Mr.SLOWBOYが描く
中国の紳士たちって?

今回のイベントを主催したのが、北京のWF CENTRAL。大都市北京でもとりわけハイエンドかつ洗練された商業施設だ。
フェイさん、お久しぶりです! 今日はこんな素敵なイベントに誘ってくれてありがとう。中国は初めてなので、興奮してます(笑)。今回の個展は、いったいどういう経緯で始まったんですか?

フェイ 主催者はWF CENTRALという、中国有数のショッピングモールです。北京の商業と政治の中心地である王府井(わんふーちん)地区においても、とりわけプレミアムな存在ですね。そんな商業施設からのオファーで始まったのが今回のイベントで、そのテーマは〝Slow is Smooth〟。これはメンズファッション関連の本をたくさん出版しているクリスチャン・チェンスヴォルドさん(Christian Chensvold)が、以前私のインタビューにつけてくれた見出しです。

まるで家みたいな素敵な展示でしたね! フェイさんの家には行ったことないけど、ロンドンの家はあんな感じなんですか?
こちらがMr.SLOWBOYの初個展〝Slow is Smooth〟〟フェイさんの自宅をイメージしたというその会場には、彼の作品のみならずプライベートなアイテムも併せて展示。フェイさんらしい、とても親密な空気感のイベントになった。机に置かれた精巧なMr.SLOWBOYの3Dフィギュアは、世界的に有名なトイデザイナー、Hidden Fooさんの手によるもの。ものすごい完成度だ。

フェイ さすがにちょっと違うけど、参考にはしていますね(笑)。80点ほどの原画に加え、私が持っている雑誌や画材、スーツやジャケットなどを展示して、プライベートな雰囲気にしています。ここはぼくの育った場所に近いので、感慨深いものがありますね。実を言うと、個展という形で原画を一般公開するのは、ぼくにとっても初めての経験なんですよ。

それは意外! 今回は展示に加えて、中国の紳士たちのスタイルをその場でスケッチするという、なかなかハードなイベントでもあったわけですが、よくその場で、これほど完成度の高いイラストを描けますね!

フェイ 普段は水彩とガッシュ、色鉛筆を使ってイラストを描くので、今回のやり方とはだいぶ違いますよね。でも、一見リラックスしているように見えますが、実際にドローイングを始める前にはそのイメージや構図をしっかりデザインして、計画をちゃんと立てているんですよ。

フェイさんが最近凝っている〝ライブスケッチ〟の模様。この日はMr.SLOWBOYに自らのイラストを描いてもらうべく、熱心なファンが集まった。みんな驚くほどお洒落だったよ! 実はこうしたライブセッションイベントは、以前東京の伊勢丹新宿店でも開催したことがあるという。ちなみに一番下の作品に描かれている人物は、恥ずかしながら「ぼくのおじさん」の編集人である。
それは失礼(笑)。最近のフェイさんは、こういった〝ライブスケッチ〟という手法のイラストをよく描かれていますよね? これってどういうきっかけで始めたんですか?

フェイ ミラノの「パラッツォ ツーリング クラブ」というホテルで個展をやったときに、イベントの一環として街を象徴するような紳士たちを描き始めたのが最初かな。実は去年、東京の伊勢丹でもライブスケッチイベントを開催して、大成功したんですよ。

今回最も印象に残った人は? 

フェイ 映画監督のチアン・ウェン(Jiang Wen※現代の中国を代表する映画人)のもとで働いていた元脚本家にして弁護士、シュワン・ワン(Siyuan Wang)さんですね。彼は完璧なスリーピーススーツを着こなし、クラシック音楽や文学に関する幅広い知見を持った、本物の紳士です。彼はこの国の希望ですよ。

こちらがフェイさん絶賛のシュワン・ワンさん。スーツの着こなしも物腰も、実にエレガントな紳士だった。
©️Mr.SLOWBOY

中国のファッション文化って
 日本とどう違うの?

確かにすごく知的でカッコいい! 中国にもこういった装いを楽しむ文化があるんですね。実際のところ、今の中国ってどんな感じなんですか?

フェイ これはあくまでぼくの意見ですが、中国は社会的、かつ文化的な革命によって、ものすごい速度でファッション文化を築き上げました。他の国のように、連続的な発展というわけじゃないんですよね。だから基礎がしっかりしていないというか、特にメンズファッションにおける理解なんて、すごく表面的なんです。だから色々リサーチもしたのですが、今回の個展について記事を書けるようなジャーナリストやファッションメディアは、『THE RAKE』の中国版を除けばほぼありませんでした。日本と違って、スタイルやカルチャーを縦軸で切り取るタイプのメディアが少ないんですよね。ブランドの紹介に留まっているというか。

中国における歴史の中心地、北京。歴史都市であると同時に未来都市であるという、実に多面的でスケールの大きな街だ。冬は東京よりずっと寒く、マイナス10度ほどに冷え込む。そんな気候のせいか、ダウンジャケットの人気は圧倒的。
じゃあ、クラシックなスーツを着るようなカルチャーはまだまだ一般的ではないんですね。

フェイ 最近はSNSの発達によって、ずいぶん状況は変わってきました。男の服装の根底にルールやエチケット、そして文化的な背景があることに、ようやく気付きはじめたんです。そういう意味では日本にアイビー文化が根付きはじめた1950〜60年代にちょっと近いところもありますが、それでも中国は政治的イデオロギーが欧米とは異なるので、日本ほど西洋文化を徹底的に取り入れる社会にはならないと思いますよ。

それは数日北京に滞在しただけで、すごく感じますね。街並みは東京とさほど変わらないし、みんな普通に洋服を着ているけど、やっぱり独特の文化を感じます。

フェイ 上海などと違って、特に北京は政治色の強い都市ですから、ほとんどの政治的エリートや有名人、アーティストはこの地に家を構えています。ファッション文化も、政府高官の影響を強く受けているんですよ。ぼくは北京生まれですが、便利で安全だし、クールで知的な人が静かに暮らしている街なので、大好きですけどね。

今回のイベントのために、中国全土から集まった紳士たち。クラシックな洋服を買えるお店は中国でもまだ限られているが、その着こなしは実にハイレベルだった。ちなみに赤いニットを着ているのは、日本でも知られているラグジュアリー雑誌『THE RAKE』中国版の編集者、テッドさん。
じゃあ、逆に日本のファッションシーンやメディアについてはどう思いますか?

フェイ 日本人は着るものに対しての意識が高いし、景気が悪くなっても購買意欲は旺盛ですよね。でも、コロナ禍以降は他の国同様、ずいぶん保守的になっているような気がします。原宿や表参道みたいな場所ですら、あまりクリエイティブを感じませんし、ブランドも安全策をとっているのか、似たような服ばかりをつくっている。日本のファッションメディアも、そんな状況下で発行頻度や部数を落としているとは思いますが、それでも強い意志や情熱を持ち続けています。ぼくはクリエイターのひとりとして、その頑張りにすごく感謝しているし、皆さんを尊敬しているんです。

そう思っていてくれて、とても嬉しいです。ちなみに北京でお気に入りの場所ってどこですか?

フェイ かつて皇帝の裏庭だった北海公園は、北京に帰ったら必ず訪れます。あとは私が生まれ育った鐘鼓楼(しょうころう)。ファッション好きだったら三里屯(さんりとん)がおすすめです。北京の若い世代のトレンドを感じ取れますよ。

三里屯は街全体が巨大な高級ショッピングモールみたいな感じで、しかもものすごくお洒落でした! お店ではどんなところに注目していますか?

フェイ ラディエンスブルー(Radiance Blue)やブリオ(Brio)、サルトリアル(Sartorial)、ミスターダンディ(Mr.Dandy)あたりですかね。



クラシックファッション愛好家の間では世界的に有名な、BRIO BEIJIINGというショップ。インポートアイテムも扱っているが、併設したアトリエで仕立てられるスーツやジャケットは、驚くほどにクオリティが高い。
MotivMfgというブランドを手がけているデザイナーの、ダニエル・グー(Daniel Gu)さん。ラディエンスブルーというショップで扱われているこのブランドは、クオリオティもデザインも群を抜いていた。
ああ、ラディエンスブルーは三里屯でチェックしましたが、ナイジェル・ケーボンみたいなラギッドなスタイルを提案していて、とてもいい感じでした。特にMotivMfgというオリジナルブランドは、めちゃくちゃ格好よかったです! ちょっと高かったけど。

フェイ インフルエンサーでいうと、マーク・チョー(Mark Cho)やジョージ・ワン(George Wang)、シン・ウェイ(Hsin Wei)、キエラン・ワン(Kieran Wang)、アレン・シー(Alan See)・・・といった人たちの影響力が強いかな。

もちろんフェイさんの影響力もすごいでしょう?

フェイ うーん、有名とは言えませんが(笑)、一緒に仕事をしてきた有名なブランドのおかげで、ファッション愛好家やメディア関係者の間では多少知られているかもしれませんね。

クリエイターに大切なのは
軸をブラさないこと

イベント会期中は広い広いWF CENTRALの地下が、Mr.SLOWBOY一色に! 
本当に謙虚だなあ(笑)。中国には、フェイさんのようなファッションイラストレーターって、ほかにいるんですか?

フェイ ファッションを仕事にしているイラストレーターはいるかもしれませんが、私の知る限りメンズファッションに特化したイラストレーターは、残念ながらいませんね。

あなたが成功できた秘訣ってなんでしょうか?

フェイ いわゆる成功は、ただ単に運がよかったということだと思いますよ。

またまた(笑)。でも、フェイさんの作品の面白さって、それが広告の仕事だろうと雑誌の仕事だろうと、全くテイストが変わらないところですよね。一緒に並んでいてもぜんぜん違和感がない。
雑誌の表紙、中面、広告etc.・・・。掲載されるメディアはそれぞれだけど、どれも全く同じ作風だから、こうやって展示しても違和感は皆無。これがMr.SLOWBOYの最大の魅力なのだと思う。

フェイ それはMr.SLOWBOYというコンセプトをつくったときから、ブラしていないところです。もちろんクライアントと話し合いはしますが、このコンセプトにそぐわない仕事は請けていませんから。

そういう一貫したところがいいんだと思いますよ。フェイさんは、穂積和夫さんに代表されるイラストレーター界のレジェンドを心の師と仰いでいるわけですが、その頃と時代は大きく変わっていますよね。現代のシーンで活動するファションイラストレーターに必要な素養って、なんだと思いますか?

フェイ どんなアートにおいても、創造性とセンスこそが鍵ですよね。それに続くのが技術です。ファッションイラストレーターだったら、もちろんファッションや洋服に対する理解も重要だと思います。

それじゃあ最後に、日本のイラストレーターや、イラストレーターを目指す若者に一言お願いします!

フェイ 自分を信じ、自らの経験に基づいて、自分だけのスタイルやビジュアルランゲージを創造しましょう。そして、脇目をふらずにそれを発展させてください。

かつて「ぼくのおじさん」で対談してもらった、フェイさんが最も尊敬するイラストレーター、穂積和夫さんを描いたライブスケッチ・・・と思ったら、なんとカーペットだ! フェイさんがネパールの職人につくってもらった一点ものだとか。
Mr.SLOWBOY(Fei Wang)

中国・北京出身。北京の広告代理店のクリエイティブ部門で活躍し、世界三大広告賞のひとつ、カンヌライオンズの審査員を務める。その傍らシンガポールやロンドンの芸術大学に通い、イラストレーションを習得。2015年にはロンドンに移住し、イラストレーターとしての活動を開始する。雑誌への執筆のほか、世界的ブランドとのコラボレートも多数。今や国際的に注目されるクリエイターだ。

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