2024.11.19.Tue
今日のおじさん語録
「礼儀作法は、エチケットは、自然にその人間に湧いてでてくる。/山口瞳」
名品巡礼
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連載/名品巡礼

恋が繋いだ
仕立ての秘伝!
「A.カラチェニ」の
スーツはどうして
こんなに美しいのか?

撮影・文/山下英介
コーディネート/大平美智子

2023年の春、多くの方に読んでもらった「ぼくのおじさん」のイタリア特集。実はこの特集には、もう1本公開すべき記事があった。それがイタリア・・・というか世界で最も格式の高い名門テーラーのひとつ「A.CARACENI(A.カラチェニ)」の取材記事である。諸事情あって1年越しの公開になるけれど、ぜひご覧いただきたい!

あの大物デザイナーも仕立てた
ミラノの名門「A.カラチェニ」

ミラノの中心地に広々とした工房兼サロンを構える「A.カラチェニ」。海外でのトランクショーは行なっていないので、注文したい人はミラノに行くしかない! 筆者は2020年冬に約10日間の滞在で2回の仮縫いまですませ、次回の出張時に3回目の仮縫い→国際宅急便にて納品というスケジュールを想定していたが、コロナ禍によってその予定は大幅に遅延。2023年2月に1週間ほどイタリアに滞在したときに、3回目の仮縫いと納品が行われた。
住所/Via Fatebenfratelli,16
電話番号/+39 02 655 1972

クラシックな洋服を愛する「ぼくのおじさん」の編集人は、これまで様々なテーラーでスーツを仕立ててきたけれど、なかでも憧れの名門がミラノの「A.カラチェニ」だった。日本でその名前が知られるようになったのは1990年代のこと。メディアごとに語り口は様々だったが、個人的にはイヴ・サンローランやラルフ・ローレン、カール・ラガーフェルド、ジャンフランコ・フェレといったファッション業界の大物たちがプライベートで贔屓にしているテーラー、という雑誌の記事が強く印象に残っている。

イタリアにはすき焼きの「今半」のごとく、「カラチェニ」の屋号を冠したテーラーがいくつかあって、すべては1920年代にローマで開店した「ドメニコ・カラチェニ」(現在は閉店)をルーツに持つのだが、中でも「A.カラチェニ」は本家の技術を忠実に受け継いだ名店として評価が高い。ドメニコ・カラチェニの弟であるアウグストの息子、マリオ・カラチェニさんと、名カッターであるマリオ・ポッツィさんを擁した1990年代は、まさにその黄金期だったようだ。クラシコイタリアブームの牽引役を務めていた「信濃屋」の白井俊夫さんやカルロ・バルベラさんも、当時の「A.カラチェニ」を贔屓にしていたのだが、辛口で知られるふたりも、ここのスーツに関してだけは賛辞を惜しまなかった。

別に目を惹くデザインや、今っぽいデザインというわけではないけれど、とにかくスーツらしいスーツというか、威厳と優雅さを併せ持ったこちらの仕立てこそが、筆者の理想とする〝本物のおじさんのスーツ〟だったのだ。

こちらは昨年「ぼくのおじさん」に登場してくれた、イタリアファッション業界の重鎮、カルロ・バルベラさんの若かりし頃。彼が所有するほとんどのスーツは「A.カラチェニ」のものだ。

無礼なYouTuberお断り!
老舗の矜持

真っ赤な絨毯が敷かれた重厚なインテリア。ネイビーやグレーといったコンサバティブなダークカラー中心の生地ストックも、イタリアの政財界で支持される名門ならではだ。今回は持ち込みの生地で仕立ててもらったが、次回はぜひこのストックから選びたい!

そんな名門テーラーに、ぼくがスーツを仕立てに行ったのが2020年のこと。当時クリエイティブディレクターを務めていた雑誌の企画だった。と、いってももちろん自腹だ。そのオーダー価格は、白井さんが仕立てていた90年代は日本円にして約30〜40万円程度だったらしいが、その頃とはイタリアの通貨も社会も大きく変わっていて、現在は6500ユーロ〜。実に約100万円である。ちなみにこの価格は決して突出したものではなく、英国やヨーロッパの一流テーラーにおけるスタンダードだ。


雑誌の企画絡みならテーラーの宣伝にもなるし、生地は持ち込みだし、少しは安くしてもらえるかな?なんていう邪な期待も、はっきり言ってそれなりにあったのだが、残念ながら「A.カラチェニ」に関してはそういった割引はなし。「最近はブロガーやYouTuberがしょっちゅう〝宣伝するからタダにしてくれ〟みたいな案件を持ちかけてくるけど、うちは一切お断り。そういうテーラーじゃないんだよ」と、断言されてしまった。完成までに3回の仮縫いを要し、海外でのトランクショーも行っていないこちらは、いわゆるマニア層は一切あてにせず、地元もしくはミラノまで通える顧客だけを相手にしている。残念ながらぼくが何着もつくれるようなテーラーではないけれど、ぼくはそのプライドに、逆に惚れ込んでしまった。

・・・という経緯でスーツの注文と取材を始めたものの、その数週間後から猛威を奮ったコロナ禍によって、海外への行き来は閉ざされてしまい、約3年間にわたって、3回目のの仮縫いをできずに寝かせてしまった。その間に自分自身の立場もずいぶん変わり、取材媒体はラグジュアリー誌ではなく、Webマガジンである「ぼくのおじさん」になってしまったが、それでも「A.カラチェニ」はぼくを待っていてくれた。そして2023年の2月、ようやく最後の仮縫いと納品の日を迎えたのだった。

現在「A.カラチェニ」のオーナー兼ヘッドカッターを務めるのは、マリオ・カラチェニさんの娘婿にあたるカルロ・アンドレアッキオさん。最後の仮縫いと納品の傍ら、改めてインタビューをさせてもらった。

2020年の1月に注文し、2回の仮縫いを経て中断していたスーツ。生地は編集人が惚れ込んだ「VITALE BARBERIS CANONICO」(カノニコ)の6プライ。6本の糸を撚って1本にした糸で織られた、ものすごい弾力感のある生地だ。カノニコというと廉価なイメージも強いけれど、実は「A.カラチェニ」はこちらの生地を好んで使っており、今回持ち込んだ6プライにも、お褒めの言葉をいただいた。

「A.カラチェニ」に集った
天才たちの秘話

こちらが3回目の仮縫いの様子。当主のカルロ・アンドレアッキオさんは、とても実直で親切な職人さんだ。今や「A.カラチェニ」でもタイトフィットのスーツを注文する顧客が多いようだが、編集人の注文は「ダブルブレストのクラシックスタイル」で、あとはお任せ。バルベラさんのような、正しきおじさんのスーツが理想なのだ。

カルロ・アンドレアッキオ いやあ、長いことお待たせしてしまいすみませんでした。

いやいや、こちらがなかなかイタリアに行けずに待たせてしまったのに、なんて優しい方なんだ・・・! コロナ禍の「A.カラチェニ」はいかがでしかたか?

カルロ 初めの2年は大きな影響がありましたが、最近は(2023年2月)世界中のお客様が戻って来られて、忙しくしていますよ。

さすが名門ですね。

カルロ ダブルブレストの合わせの位置はどうしますか? もうちょっと低くしますか?

仮縫い3回目でもボタンは付いておらず、Vゾーンの合わせの位置はこの段階で決められる。「ちょっと低いほうが好みです」と伝えておいた。
肩パッドの入った構築的な仕立てながら、着心地はとてもソフトで、実に動きやすい。ダンサーのフレッド・アステアはサヴィル・ロウでスーツを仕立てていたというが、現在の英国であれほど柔らかなドレープを描く仕立ては望めない。おそらく彼が着ていたのは、こういった完成度のスーツだったのでは?と想像してしまう。
3回目の仮縫いでもそこを修正できるんですね。ぜひお願いします! 「A.カラチェニ」の顧客といえばラルフ・ローレンさんが有名ですが、彼のスーツもVゾーンがかなり深いですものね。

カルロ そうですね。彼のオーダーは1日がかりで、合わせの位置を極端に低くしたいというリクエストを延々とされました(笑)。もちろん私たちにはハウススタイルがありますから、できないことは断りましたが。

お〜。「パープルレーベル」の仕立てはかなり「A.カラチェニ」からの影響が伺えますが、こちらでできなかったことを自身のブランドで実現させているのかもしれませんね。

カルロ デザイナーのカール・ラガーフェルドさんも私どもの顧客で、生涯で数百着のスーツを仕立てていただきました。彼からはいつも、細かなディテールまで指定したデザイン画を渡されていました(笑)。

こちらは〝モードの帝王〟カール・ラガーフェルドが持ち込んだ異常に完成度の高いデザイン画。ディオール・オムを着たスリムなスタイルが有名な彼だが、ダイエットに走る前はクラシックなスーツを愛用していた。今ではファッションデザイナーの私服というとTシャツにジーンズみたいなカジュアルがトレードマークだけれど、昔のデザイナーはみんなクラシックな仕立てのスーツを着ていて、それがたまらなく恰好よかったのだ。
「A.カラチェニ」に遺されたジャンニ・アニエッリの型紙。FIATの会長として政財界に君臨するとともに、その圧倒的な格好よさや、奔放かつスポーティなライフスタイルで世間を賑わせた彼は、今もなおイタリア人が最も憧れる男のひとりだ。
うわあ、仕立て屋泣かせのリアルなデザイン画(笑)。こだわりの強いお客さんばかりで、カルロさんも大変でしょうね・・・。イタリア史上最高の伊達男として知られるジャンニ・アニエッリさんもやっぱりうるさかった?

カルロ ものすごく(笑)。ただ、お客さまに仕えるのが私たちの仕事であり喜びですから、苦ではありません。

今まで色々なテーラーでスーツを仕立ててきましたが、「A.カラチェニ」のカッティングは本当に独特ですね。ダブルブレストのボタンを外しても、身幅が横に広がらずに綺麗に見える点、肩パッドがしっかり入っているのに着用感がとてもソフトで、堅さを全く感じさせない点。そして中でも絶品なのが襟の表情で、その美しさには思わずため息をついちゃいます。いったいどんな技術が隠されているんですか?

カルロ 私たちのスーツは、前身頃のおへそのあたりから背中にかけての美しいラインが真骨頂なのですが、先先代のアウグストが編み出したテクニックに基づいており、それは代々のオーナーにしか継承しない秘伝です。世界でもアウグスト・カラチェニ、マリオ・カラチェニ、私、そして私の息子であるマキシミリアーノの4人しか知りませんよ。

ダブルブレストのスーツって、ボタンを外すと身頃が横にベタッと広がってしまいがちだけれど、こちらは横ではなく、前後にゆとりが生まれてくる。ここに美しいシルエットの秘密が隠されているのだ。

仕立て服に魅せられた少年の
「運命の出会い」

カルロ・アンドレアッキオさんと、その後継者である息子のマキシミリアーノさんを従え鎮座しているのが、「A.カラチェニ」の前当主であるマリオ・カラチェニさん。同業者からも畏怖された、イタリアのテーラー業界における伝説の人物だ。
カルロさんが愛用するエポレット付きのコートは、なんと1986年に仕立てたもの。持たせてもらうととてつもないウェイトの生地だったが、高度な仕立て技術のおかげで、重く感じないという。
なんと、秘伝ですか・・・残念ですが、それもまたロマンがあっていいかもしれない! しかし、マリオ・カラチェニさんと直接の血縁関係にないカルロさんがその技術を習得するまでには、様々な苦労があったのでは?

カルロ そうですね・・・。私は幼少期から裁縫が好きで、いつも姉や妹の人形の服をつくっては、お礼にほっぺにキスをしてもらって喜んでいるような子供でした。快活なサッカー少年だった兄とはあまりに違うので、両親には心配され、いつも叱られていましたよ。

サルト(仕立て職人)の家系ではなかったんですね。

カルロ ミラノ育ちだったもので、近所にたくさんあるサルトリア(仕立て屋)を覗くのが大好きでしたし、本棚には洋服の本しかありませんでした。幼少期からサルトになる夢を抱いていましたが、両親からは強く反対されました。そこで一旦は会計士の勉強を始めたのですが、やっぱり諦められず、サルトとして働き出すんです。昼間は洋品店のスタッフとして素材やファッションの知識を養い、夜になると仕立ての仕事を始める・・・多忙な青春時代を送っていました。そんな日々の中で、私は運命の女性と出会うのです。

運命の女性、とは?

カルロ 妻です。23歳のときにスケート場で出会ったのですが、お互い一目惚れでした。彼女をクルマで家まで送ったところ、その住所はなんと、私が最も憧れていたサルトリア「A.カラチェニ」がある建物でした。しかもそのオーナーが彼女の父だったわけですから、二重の驚きですよ。

なんてロマンチック! 同じ日にふたつの運命と出会ったんですね!

カルロ 妻とは再来年で結婚50周年を迎えますが、よほど相性がよいのか、まだ一度も喧嘩をしたことがありません。

名門「A.カラチェニ」での修行は辛かったですか?

カルロ 私がここで働き出したのは、結婚から数年が経ってからなのですが、婿の立場ですから、最初は周囲からの嫉妬に苦しめられましたね。縫えるのは当たり前で、それ以上を求められますから。そこで私は常に〝冷静〟という鎧を身に纏いました。ほかのスタッフの仕事を横取りしたり、貶めるために工房に入ったのではない。サルトという仕事を愛する仲間として、彼らと一緒に働くという姿勢を貫き、段々と周りに認められていったのです。

世界トップクラスの技術とステイタスを誇る「A.カラチェニ」には、様々な国から弟子入り志願者が訪れる。
先代のマリオ・カラチェニさんはどんな方でしたか? 笑っている写真や肖像を一度も見たことがありませんし、とても厳しい方だったと言われていますが・・・。

カルロ 私はカラチェニの血を引いていませんが、マリオは第二の父、もしくはそれ以上の存在でした。彼は確かに厳格で自分の感情を滅多に出さないところがありましたが、内面はとても愛情深い人です。実は私は、彼と出会ってからずっと〝Lei〟と呼んでいたんです。

通訳さんに聞いたところ、イタリア語の〝Lei〟は「あなた」という意味ですが、初対面や目上の人に使う敬語で、かなり距離感がある呼び方みたいですね。

カルロ それがとあるパーティのときに、燕尾服に身を包んだ舅がシャンパングラスをふたつ持って来て、「ようやくお互いを〝Tu〟と呼ぶ日がやってきた」と、そのひとつを手渡してくれたんです。ふたりで、泣きながら抱き合いましたよ。ちなみにこのエピソードは、結婚から20年以上経ってからの話です。あなた、想像できますか?

〝Tu〟は、あらゆる性別や社会層において親しい間柄が使う二人称、だそうです。つまり、20年かけて、ようやく〝Lei〟が〝Tu〟に変わり、ふたりはファミリーになれたと・・・。頑固なマリオさんと我慢強くて真面目なカルロさん、おふたりの性格が伺えますね。

カルロ マリオは偉大なるサルトであると同時に、経営者としても素晴らしい人でした。当時の「A.カラチェニ」にはマリオ・ポッツィという共同経営者もいましたが、彼からも多くのことを学びましたね。

そんな偉大なる師匠のもとで成長したカルロさんは、今の若い職人にどんなことを教えているんですか?

カルロ 常に冷静で、自分自身を見失わないように、と教えています。私たちの仕事では、ときに富裕層の顧客とヨットやプライベートジェットの話などに興じることもありますが、それを羨んだところで仕方ないでしょう? 

私もある意味では職人なのですが、リッチな方々とお付き合いしていると、勘違いしそうになる瞬間がたまにあります(笑)。

カルロ 現在、「A.カラチェニ」では30人ほどの職人が働いており、ほとんどが外国人ですが、お給料を払いながら一から技術を教え込んでいきます。そうして10年、15年と長い時間をかけてようやく育った職人が、自身を見失った末に辞めていくのは、とても残念なことですよ。職人とは、かつてはひとつの場所でどれだけ長く働いたかを誇るものでしたが、今はどれだけ移籍したかを自慢する・・・。本当に時代は変わりましたよね。

スーツの仕立てに欠かせないプレスの工程だが、こちらは生地に余計なクセをつけないため、アイロンを決して滑らせない。
これは以前取材したテーラーさんも「離婚前提の結婚」に例えて嘆いていました。難しい問題ですね。しかしカルロさんは、50年以上この大変な仕事を続けて、飽きることはないですか?  

カルロ 私は77歳ですが、今でもこの仕事が大好きで、強烈なエモーションを感じています。毎朝この工房のドアを開けることが、何より楽しみなんですよ。この仕事で最も大切なことは、こうしたパッションを失わないことですね。

6500ユーロのスーツなんてもう二度とつくれないと思っていましたが、完成したスーツの出来栄えとカルロさんのお話に、私も心を打たれました。絶対にまた、ここのスーツを仕立てに伺いたいと思います!
こちらが3年越しで納品された編集人のスーツ。着心地のよさもさることながら、ラペルのカーブがなんともきれいで、眺めるたびにうっとりしてしまう。いつか絶対にまた仕立てたい! 価格は6500ユーロ〜と確かに高価だが、支払いは注文時と納品時の2回に分けられるし、我々日本人はタックスリファウンドも受けられるので、庶民でも頑張ればなんとかなる・・・かもしれない!? 機械式時計と違ってオーダースーツにはリセールバリューという概念は存在しないが、腕利きの職人たちがミシンもほとんど使わず自分のためだけに数ヶ月かけて縫い上げてくれたスーツには、100万円を超える価値はあると筆者は思う。
細かいところの縫製もまた美しくて、延々と見ていられる。まるで生命を宿したような温かさと活力を感じさせる、人間の手からしか産み出しえないスーツなのだ。
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