2024.11.21.Thu
今日のおじさん語録
「世界はあなたのためにはない。/花森安治」
名品巡礼
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連載/名品巡礼

セビロ屋・泉さんが行く!
90年前の低速織機で
ガチャガチャつくる
スペシャルな生地って?
(2)

撮影・文/山下英介
制作協力/ファイブワン・ファクトリー

「ファクトリーの60周年にふさわしいスペシャルな生地をつくりたい!」そんな意気込みで、尾州の歴史ある機屋(生地メーカー)「葛利毛織工業株式会社」に向かった〝セビロ屋〟こと「ファイブワン」の泉敬人(いずみたかと)さん。今回はその模様をレポートします!

90年前の機械で
織った生地に
世界中が注目する理由

いわゆる尾州といわれるエリアは、土壌と良質な水に恵まれ、奈良時代から織物の産地として有名だった。
こちらが洋服好きなら知る人ぞ知る、愛知県一宮市の毛織物メーカー「葛利毛織工業株式会社」の本社。今回は代表の葛谷聰さん自ら、工場とそのものづくりを案内してくれた。昭和初期〜戦後すぐくらいにつくられた本社施設の多くは、国の有形文化財に登録されており、今は一般見学も受け入れているとか。ちなみに昔の機屋さんの建物がノコギリ屋根になっているのは、自然光を効率よく取り込むためだ。

「ファイブワンファクトリー創業60周年を記念した、特別な生地をつくりたい!」。そんな泉さんが工場視察と打ち合わせを兼ねて向かったのは、愛知県一宮市木曽川町にある機屋(はたや)「葛利毛織工業(以下葛利毛織)」。1912年(大正元年)に創業したこちらの社屋は、なんと文化庁の有形文化財に登録されている。

建物だけじゃなくて、工場の設備も相当古い。この工場では1932年(昭和7年)に導入した織機が今でも現役で稼働しているのだが、それこそが葛利毛織の最大の財産。「ションヘル織機」もしくは「シャトル織機」と言われるこれらは、コンピューター制御された現代の織機と比べるとずっと遅く、生産性は悪いのだが、それがかえって風合い豊かな生地を織れるということで、近年では世界的に注目されている。

糸に余計なストレスを与えず、機械とウールの相性を見極められる職人が、空気を含ませながらゆっくり織ることで、ウール素材の特性を活かした手織りのような風合いの生地が織り上がるというのが、その所以である。まずはその工場の模様をご覧あれ。

14台のションヘル織機がガチャガチャと稼働する、葛利毛織の工場。ションヘル織機はもともとドイツで開発されたものだが、現在葛利毛織が使っているのは、それを改良した日本製の機械だ。


木製のシャトルにセットした緯糸(よこいと)を、針金にセットした経糸(たていと)の間に通し、生地を織っていく仕組み。1日に織れるのは、だいたい10〜15メートル。最新の織機とは較べものにならないくらい遅いが、生き物であるウールにとっては最適な環境となる。この織機で織った生地はほんの少し縮れており、これが豊かな風合いをもたらすふくらみと、ナチュラルなストレッチ性を与えてくれる。
ファクトリーでは多くの若い職人さんが働いている。洋服好きから機械マニアまで、その動機は様々。
織る工程のみならず、糸の準備にも膨大な手間ひまをかけている。ここで糸のコンディションを見極めながら、そのハリを最適に整えることが大切。
糸通しの棒を使い、経糸を設計図通りに手作業で針金の穴に通していく「綜絖(そうこう)通し」という作業。約3〜4日で6000〜15,000本の糸を通す、気の遠くなるほど手間のかかる作業。この針金を織機にセットし、プログラムに合わせて上下させることで、生地の織り柄が生まれてくる。泉さんにその仕組みを教えてくれたのは、葛利毛織で働きながら自身のブランドを運営している、上村直也さん。
こちらが生地の設計図。経糸と横糸の組織の組み合わせが書かれているのだが、超難解! 生地を顕微鏡で見るとわかるとか!?
導入当時はハイテクだった機械も、今やおじいちゃん。そのメンテナンスも大切な仕事だ。

実をいうと、今や大手の毛織物工場は、ほとんど人の手を必要としていない。ほぼ無人のだだっぴろい工場の中で、コンピューター制御の織機が24時間稼働して、プログラム通りの生地が出てくるような世界なのだが、葛利毛織の小さな工場で見る光景はそれらとは正反対。職人が機械と糸のご機嫌をとりながら、つきっきりで織っている。工場の中ははっきり言ってガチャガチャうるさいのだが、その音はまるで機関車の音のような温もりがあって、妙に心地いい。ちなみに大手の工場が1日に300m織るところを、葛利毛織は50mを織るだけでも3〜4日かかるという。

そんな葛利毛織の生地は、今やテーラーのみならず、インディペンデントなデザイナーブランドや、ヨーロッパのメゾンブランドからの引き合いが絶えず、新しいオリジナル生地を織ってもらうのはなかなか大変だとか。果たして泉さんが求める生地は、織ってもらえるのか? ここでファイブワン・ファクトリーの工場長を務める岩下信之さんも加わって、葛利毛織の代表取締役である葛谷聰さんとの打ち合わせが始まった。

柔らかいのにコシがある
そんな生地が理想!

 いやあ、ションヘル織機のものづくりは素晴らしかったですね。

葛谷 実は皆さんションヘルって言いますが、これは通称で、本当は平岩鉄工所という日本の200年企業がつくった織機なんですよ。50台以上注文できれば、新しいのをもう一度つくってもらえるんですけど(苦笑)。

葛利毛織工業株式会社の4代目社長を務める葛谷聰さん。同社の突き詰めた生地つくりを支える彼は今、日本のものづくり環境に危機感を抱いている。

 それは知りませんでした。やっぱり動かせる人も減っているんですか?

葛谷 誰か職人さんいませんかね? うちも人手不足なもので。

じゃあ、身元がちゃんとした人だったら、大歓迎みたいな?

葛谷 いや、基本的には求人はしていません。うちみたいな工場は不安定なので、入社希望の方が来たら同業のもっと立派な会社を紹介するんですが、それを見た上でどうしてもうちで働きたいという方がいたら、そのとき考えます。そういえば、最近65歳で引退した大学教授の方が、とある生地メーカーの職人として働き始めたんですよ。うちの職人の最高齢は88歳なので、そう考えるとあと20年くらいいける。だから今後、未経験の65歳以上というのが、重要な人材になってくるんじゃないですかね。

岩下 うちの工場もまさに同じです。一回断って、それでもやってみたいという子がいたら、修行してもらうつもりなんですが、その門を叩いてくる若者が今は本当に少ない。職人は早いうちから取材したほうがいいとは言われますが、もはやそうも言っていられないので、やる気があれば高齢の人でもいいと思っています。情熱のある人のほうが覚えは早いし。

ファイブワン・ファクトリーを引っ張るエネルギッシュな工場長、岩下信之さん。

葛谷 年齢がいっていても、覚える時間が長くても、その先20年働けるのであれば、ものすごく価値はあるんですよね。・・・で、今回はどんな生地をつくりましょうか?

 私たちは普段イタリアや英国の生地でスーツを仕立てることが多いのですが、3年ほど前から葛利毛織さんの生地を使わせていただいたところ、こっちのほうがいい仕上がりなんじゃないか?と思うケースが多かったんです。そこでファイブワン・ファクトリーの創業60周年を記念した生地を、ぜひ御社に織っていただきたいと思いました。

岩下 うちは中間プレスが非常に多い工場なんですが、アイロンについてこない生地もけっこう多いんですね。その点葛利毛織さんの生地はワガママじゃないというか、素直にアイロンについてきて、立体になってくれる。いったい何の魔法をかけてはるのかな?と思って(笑)。

葛谷 ありがとうございます。でも最近はなかなかスペースが足らなくて、新しい生地を織れなくなっているんです。国内工場に回帰しているということなのか景気が上向いたのかはわかりませんが、紡績から染織まで、どこの工場もいっぱいいっぱいなんですよ。なのでちょっと余裕をもったスケジュールでつくらせていただければ。

泉 ざっくり私のイメージを申し上げますと、オールシーズン着られる平織りで、高密度でシワになりにくい無地の生地を織っていただきたいです。そして何といっても私たちはファクトリーなので、職人さんがこれだったらいいスーツを縫えるな、と思える生地。目付け(100×150㎝あたりの重さ)のイメージは300〜330g程度でしょうか。

葛谷 綾織りとかフレスコじゃダメなんですか?

 やっぱり平織りのほうがコーディネートしやすいですし、フレスコだと秋冬はちょっと難しいですよね。柔らかいのにコシがある生地が理想です。パンツにしてもすぐにへこたれないような。

岩下 柔らかいのにコシがあるって。うどんでいったらすごく難しいですよ(笑)。

 矛盾してるんですが、そこを葛利さんならできると思って、なんとかお願いします!(笑)!

葛谷 もしかしたら、カシミアを少し混紡することでそのイメージに近づけるのかもしれませんね。たとえばうちで今人気の生地は、60番手の糸を4本撚りにした糸を使い綾織りにしたものなんですが、こういう手触り感をベースに、平織りにしてカシミアを少し混紡するなどのアレンジを施したら面白いかもしれません。現状ではちょっと重たいのですが、平織りにすれば軽くなりますから。

泉さんが気に入った「柔らかいのにコシのある生地」。この綾織りの生地を、葛利毛織はどんなふうに料理してくれるのか!?

岩下 縫う側の立場としては、目付けに関してはあくまでも目安でいいと思っています。触った感覚でイセ(洋服を立体的かつ着心地よく仕立てるための縫製テクニック)がどれくらい入りそうかというのが、うちの勝負ポイントなので。アバウトといえばアバウトなんですが(笑)、あくまでも職人の手の感覚を大切にしています。

葛谷 実際、ウールはそっちのほうがいいと思いますよ。数値上で重たくても、柔らかい生地は軽く感じるものですし。ですから我々もきっちり機械を設定していません。なぜかというと、生き物であるウールという糸自体がある意味いい加減で、動くし伸縮してるわけですから、精密な機械はそもそも適していないんです。化学繊維だったらいいんですけどね。だから天然素材の毛織物に関しては、精密に織る機械は、逆に衰退しています。

なるほど、風合いを求める時代になったとき、ものづくりは原点に戻るということか・・・。

 じゃあ、その方向で一度サンプルを織っていただきましようか。

葛谷 この生地は単糸がZで双糸でSで1回戻ってきて、ここで膨らみが出ていて、そのS撚りどうしをZに撚ってまた戻すので、より膨らみが出るわけです・・・マニアックすぎて接客では使えませんね(笑)。

 マニアな方にはできる限りお伝えしますが、現場では「めちゃくちゃいい」で推したいと思います(笑)。完成を楽しみにしています!

次回はファイブワンのモノづくりを支える自社工場を見学。工場製スーツの奥深さを再認識しよう! 

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