2025.3.2.Sun
今日のおじさん語録
「なんのために生まれて来たのだろう。そんなことを詮索するほど人間は偉くない。/杉浦日向子」
名品巡礼
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連載/名品巡礼

革小物に人生を捧げた男!
噂の天才職人
「クレバレスコ」
西森裕矢の
生き方、つくり方

撮影・文/山下英介

様々な分野の職人さんを取材する「ぼくのおじさん」のもとには、最近ひとりの革職人の噂が届いていた。最近日本のみならず海外でも知られるようになったその職人さんは、とてつもない手縫いの技術を誇っているのだが、製品のみならずそのキャラクターもかなりユニークというか頑固一徹。長野県の伊那地域の工房に籠り、寝食を忘れてものづくりに励んでいるのだとか・・・。そんな彼がこの冬、「ぼくのおじさん」の取材リクエストに応えて、わざわざ東京まで来てくれた! いったいどんなコワモテの職人さんが来るんだろう?とドキドキしていたら、そこに現れたのはいたって優しげな若手職人だった。

販売の仕事で学んだ
世界最高峰の技術

今日は超腕利きと言われるレザー職人、「クレバレスコ」西森裕矢さんに、長野県の伊那地方にあるご自宅から5時間かけてお越し頂きました(笑)! 本当はアトリエで取材をしたかったんですが、なかなか完成しないようですね。

西森裕矢 そうなんです。実家近くにあった、かつて喫茶店だった廃墟寸前の建物を買い取って。躯体工事以外は全部自分でやってるので、もう3年ほどになりますね。アメリカの昔の一般住宅みたいな内装にしたくて、いちから考えながらつくっています。

あ、DIYされてるんですね。・・・って、この仕事はそういうレベルじゃないじゃないですか! このモールディングの技術は完全に専門業者の域ですよ(笑)。まあでも、オープンしたらここが工房兼ショールームになるわけだから、こだわる気持ちもわかりますが。
思わず目を疑ってしまった、西森さんが制作しているアトリエの内装。什器やサッシのモールディングが緻密すぎる! ここは西森さんが通学時にいつも通りがかっていた、思い出深い建物だったという。 

西森 いや、ここには今のところお客様を入れるつもりはないですね。ずっとひとりで引きこもって仕事をしているので、その世界観に入り込める環境づくりをしたいだけなんです。それが効率化にもつながりますし。

・・・噂を超えた職人気質ですね(笑)。やっぱりずっとものづくりがお好きだったんですか?

西森 これは多分生まれもった性質なんだと思います。今だと何かの病名がついちゃうかもしれませんが(笑)、子供の頃からひたすら折り紙で同じものを折り続けて、親に叱られることもありました。同じ作業を続けるのが苦じゃないという性質が、今に生きているのかもしれませんね。

最初は革小物づくりじゃなくて、洋服づくりを学ばれたんですよね?

西森 そうですね。文化服装学院に通って、スーツづくりの勉強をしていました。でも革製品はずっと好きで、趣味でつくってはいたんです。そのうちにやっぱりファッションはちょっと違うな、ということに気がついて、革製品づくりを仕事にしたいと思いました。

でも西森さん、専門学校を卒業した後は、百貨店の三越に就職しちゃうんですよね? ものづくりからずいぶん離れちゃってませんか?

西森 そうですね(笑)。販売職の契約社員でした。でもこれは自分が希望したことで、世界の一流品が集まる場所で、いいものを学びたいと思ったんです。

なるほど〜! じゃあその頃から、将来を見据えて。

西森 そうなんです。ものづくりは独学でしたが、正直言って技術面では専門学校時代に、もうひとりでやっていけるレベルになっていました。ただ当時はSNSもさほどなかったので、エルメスを始めとする最高峰の革小物の構造を知るためには、買って分解するしかなかった。三越でそれを知りさえすれば、ぼくも世界最高峰の技術を身につけられると思ったんです。

でも、それだったらどこかの工房に入る選択肢もあったのでは?

西森 実はぼく、極度の人見知りなんです(笑)。

そ、そうですか(笑)。

西森 靴じゃなくて革小物の道を選んだのもそれが理由です。手縫いの革小物って、特殊な機械を必要としないし、基本的には平面を繋ぎ合わせることで構成されていますよね。で、あればぼくに限っていうと、弟子入りしたほうが逆に遠回りになってしまうと思いました。

ああ、確かに革小物や鞄づくりの場合、インダストリアルな環境がそれほど必要とされないから、ひとりで完結できる面はあるんでしょうね。でも極度の人見知りだったら、土日はお客さんでごった返す百貨店の販売なんて、けっこうストレスなのでは?

西森 それが意外と苦にならなくて。三越に来られるお客様って、かなりマニアックな方が多いので、そういう方にはぼくも他の販売員さんにできないような説明ができましたし。ただ、お客様に対しては問題なかったのですが、社内においてはかなり扱いにくい人間だったとは思います・・・(苦笑)。

昔ほどじゃなくても、社内の人間関係や人付き合いだってありますからね。

西森 そうですね。飲み会にも一切出席せず、仕事が終わったらアパートに直帰して、小物を縫ってました。当時は上司に怒られても絶対に行かなかったですね・・・(笑)。

こんなに楽しい仕事、
人には任せられない!

そんな日々のなか、技術とお金を蓄積して独立したというわけですかね?

西森 そうですね。一旦は海外のバッグブランドに転職したんですが、そこもすぐ辞めて、2016年に独立しました。でも、お給料は革と工具代に消えてたので、貯金も全然ありませんでした(笑)。なので一旦地元に帰って、ブランドが軌道に乗ったらまた東京に戻ってくる予定だったんですが、さっき言った物件に巡り合ってしまったので。今は自分がつくりたいもの、持ちたいものをつくって、それを買ってくださる方が偶然いる、ということを継続している感じです。

「売れるもの」ではなく「つくりたいもの」。そういうピュアな環境を手に入れたんですね。影響を受けたり、目指しているブランドはあるんですか?

西森 革小物が好きなのでSNSなどで見ることも多いのですが、なにか他のブランドを目標にすることはないですね。それをやると、天井が見えちゃいそうなので。

東京から遠く離れた場所に住んでいるデメリットは感じないですか?

西森 いや、遠いのは遠いですけど、どうしても来なくちゃいけないとなったら日帰りできますし、物理的な距離があれば変な誘惑にも惑わされませんし(笑)。それに、東京にいたときは仕入れも革屋さんや資材屋さんに直接行ってたんですが、今思えばそれってものすごく無駄な時間だったなって。コロナ禍以降は電話やメールですべての材料を仕入れられるので、とても便利なんです。

革小物のみならず、アンティーク時計や革靴も大好きだという西森さん。
情報によると西森さんはとにかく責任感が強いので、目の前にお客様に納品する製品があるのに、遊びに行ったりはできない性質のようですね。それでも、たまにはお酒を飲みに行ったりはしないんですか?

西森 つまらない人間でして、一切飲まないです。

それじゃあ、ご飯は?

西森 同じものを10分以内に食べたいです。

うーん、徹底してますね(笑)。

西森 朝7時に起きたら7時半から仕事を始めて、夜11時に切り上げる。起きている時間は、ご飯とお風呂と歯磨きをしているとき以外は、ずっとつくってます。

え〜と、土日は・・・?

西森 関係ないですね。もう5年以上プライベートのお休みはとっていません。

じゃあ、今こうして取材を受けている時間は・・・?

西森 早く帰って仕事をしたいです(笑)。

それは申し訳ございません!!

西森 でもこれも仕事なので大丈夫です(笑)。

弟子をとったり、人を雇えばもうちょっと楽になるんじゃないですか?

西森 それはないですね。自分がつくりたくてつくっているので。ウチは結構アイテム数も多いですし、素材を含めると無数にバリエーションがあるので、全く同じものをつくることがほぼないんですよ。なので毎回違うものをつくれるのが楽しいんですよね。

楽しいから人には任せられないと(笑)。モチベーションとして、お金を稼ぎたいという気持ちはあるんですか?

西森 正直、今はお金を使う場所があまりないんですよね・・・。当然、今の環境を維持するために多少のお金は必要なので、そのためにも頑張りますが。

確かに全部手縫いだと、材料代くらいか(笑)。あと今のアトリエの建設費ってところですかね。でもそれこそ時間がもったいないし、外注したほうがいいんじゃないですか?

西森 多分ぼくがイメージしている空間を再現できる職人さんはほとんどいないんですよ。ぼく自身がつくりながら考えていることもありますけど。躯体に関しては耐震強度の問題もあって専門的な技術が必要な分野ですが、それ以外の内外装は自分でやったほうがきれいにつくれるんですよね。それでストレスを溜めるくらいだったら、自分でやったほうがいいですから。

革小物やバッグだけじゃなくて、家具や内装みたいな大きなものでも・・・。

西森 考えれば大抵なんでもつくれますね。

つ、つくれちゃうんだ(笑)。やっぱり人よりも技術を習得するのが早いんですかねえ・・・。

西森 それはありますね。でもいわゆる勉強というか記憶力に関しては、ものすごく欠落しているようで、我ながらちょっと危うさを感じています。特に人の顔を思い出せないことが多いので、最初に謝らせてください(笑)!

手縫いは目的じゃない!
西森裕矢の技術論

悪気は全くないということで、周囲の皆様はご理解ください(笑)。プロダクトの話に戻りますが、西森さんがつくった革小物を見ていて不思議なのは、とにかくステッチが丁寧で、まるでミシンで縫ったかのように正確なんですよ! ぶっちゃけ、これだったらミシンで縫ったほうが・・・とか思いませんか?

西森 ぼくは別に〝手縫い〟に見せたいわけじゃなくて、きれいな革製品をつくりたいだけなんですよ。世の中の手縫いを謳っている革製品って、正直いってひどいものが多いと思います。ガタガタの手縫いをお客様が味としてとらえるのはいいと思いますが、職人側がそれをアピールポイントにするのが、ぼくには理解できません。手縫いは目的じゃなくて、あくまで手段なんです。

西森さんの革小物づくりには、ミシンは不要。蜜蝋を塗り込んだ糸をひと針ひと針通していく。
〝雑〟を〝味〟として捉えがちな傾向はありますよね。それはそれで、私は嫌いじゃないんですが。

西森 だからぼくは全然ミシンでもいいと思うんですが、ミシンだって裏側を見れば、段差がある部分はけっこうガタガタしているんですよ。ぼくが手で縫っているのは、それをミシンよりもコントロールしやすいというだけで。あとはミシンよりも手縫いのほうが丈夫に仕上がるという点も、大きなメリットですね。ステッチがほつれにくいし、ほつれても修理がしやすいですし。

ご覧の通り、極めて端正でキュッと締まったステッチが「クレバレスコ」の真骨頂。革の裏側のステッチの美しさも特筆もの。ぜひご自身の革小物と見較べて見てほしい。
ミシン以上に緻密な手縫い! やっぱりほかと較べても、自分のつくった作品が世界一だなって思ったりしますか?

西森 ぼくは革製品をつくることは大好きなんですが、〝作品〟をつくっているつもりは全くなくて、あくまで生活のために〝商品〟をつくる職人なんですよ。なので世界一を目指してもいませんし、技術を誇るつもりも全くありません。今はぼくよりも技術が優れた人はきっといっぱいいると思いますよ。でも、もしかしたら、お金を稼ぐ必要が全くなくなったときに、〝そっち〟をやる可能性もありますが・・・。

あくまでも作家ではなく、職人だと。でも当然、褒められれば嬉しいですよね?

西森 たとえばぼくの縫製を海外のメゾンブランドと較べてくださる方もいるんですが、量産品よりクオリティが高いのは当然なので(笑)、それは比較対象にならないと思うんですよね。

いいですね〜(笑)。西森さんの縫製は、それ自体がキュッと締まっていて、ひとつの気持ちいいデザインになっていますよね。

西森 それがアイデンティティになればいいなと思って突き詰めてきました。

細部の曲線の美しさや、素材の見事なコンビネーションも実に見事。
その中でも、「これ好きだなあ」っていう工程はあるんですか?

西森 それはパーツを全部くっつけたときの、最後のステッチですかねえ。今まで接着だけでつながっていたのが、一気に一体化していくというのは、好きというより安心感が芽生えますよね(笑)。

革小物づくりってのは、やっぱり縫っている時間が長いんですか?

西森 ひと目ごとに針を通していくので当然時間がかかりますが、コバの処理にも手間をかけてます。うちは顔料仕上げなんですが、顔料っぽくない雰囲気にしているので、そこも見どころですね。もちろんコバは手磨きがいいという固定観念もありますが、そこにはデメリットもあるので、ぼくは長く使っていただくために、このやり方に辿り着きました。これはめちゃくちゃお金と時間を使って導き出した、自分なりのつくり方です。

この美しく整えられたコバとステッチを見れば、ロゴがなくとも「クレバレスコ」であることは一目瞭然。加えて特筆すべきは、使っているときの気持ちよさだ。手に取ったとき、蓋をパタッと閉じたとき、ジップを開け閉めしたとき・・・。緻密な設計に由来するのだろう、日常に小さな快感を与えてくれるような使い心地は、「クレバレスコ」を手に取った人だけが味わえる。
西森さん、嬉しそうだなあ(笑)。

西森 ぼくは職人業界でタブーとされていることを平気でやるのですが、独学でよかったなと思うのは、材料や技術に代替案ができるんですよ。今の革業界は本当に大変な状態で、いつも使っている副資材が突然なくなってしまう、という事態が当たり前のように起きるんです。そうしたときに、ひとつの正解に固執していたら、解決する手段がなくなってしまいますから。

革の仕入れは、リモートでの注文だと悪いところを送ってこられちゃう、みたいなことはあるんですか?

西森 問屋さんに、ちゃんと個体の写真を送ってもらうので大丈夫です。

たとえば上質な革のいい部分は、エルメスみたいな大手ブランドが独占しちゃう、みたいなことはないですか?

西森 よくそういうことも言われますが、少なくとも現代においては都市伝説だと思いますよ。

じゃあ、エルメスだろうと西森さんだろうと、ほかの無名な職人さんだろうと、ある意味では横一線ということですかね。

西森 そうですね。

西森さんは、今のご自身の技術やものづくりについては、すでに思い描く理想像に到達されているんですか?

西森 今のところ頭打ちというか、現状を維持するために進化が必要、という段階ですかね。

もっと上手くなりたいとか?

西森 うまくなるというのはちょっと違うんですよね。これ以上うまくなっても、お客様が求めていない過剰なクオリティになってしまうので。なので目標は今の技術をもっと効率化して納期を縮めることなんですが、そのためにも、やっぱり環境づくりが大切なんですよね〜(笑)。

そこでアトリエの話に戻るわけですね(笑)。

西森 年内にある程度は整えたいとは思っているんですが。

やっぱり職場って大切なんですね。

西森 ぼくはすべてのものに居場所をつくりたいタイプなんですよ。効率よく動くためには、常にコレはここ、という居場所を確立させたいし、すべてのものをインテリアにしたいという。それができていないと、ステイしちゃうことあるんです。・・・すみません、そろそろ帰ってもいいですか?

ありがとうございます。完璧です! どうですか、せっかく東京にいらしたんだし、近くにいいお店があるので一緒にお昼ごはんでも・・・。

西森 いや、クルマで来ているので帰って仕事をしようかと(笑)。

承知しました(笑)。いや、噂には聞いていましたが、すごい生き方だなあ(笑)。どこかで趣味やライフスタイルを楽しむ人生にシフトチェンジするときが来るんですかね?

西森 とりあえず今の人生はこのまま行きたいと思います。あと2回くらい生まれ変わったら、ちょっとは普通の人生を楽しんでみようかな、なんて(笑)。

3月15日〜16日
トランクショーを開催!
驚愕のものづくりを目撃せよ

・・・さて、ここまでが噂の革職人、西森裕矢さんのインタビューである。今まで国内外の色んな職人さんや工房を取材してきた編集人だが、これほど個性的で、ものづくりに人生を捧げている職人さんに会ったのは初めてかもしれない!

そして驚いたことに、食事の時間すら惜しんで、長野県のアトリエでものづくりに励む西森さんが、この3月15日〜16日にかけて再び上京し、「ぼくのおじさん」のアトリエでトランクショーをやってくださるのだとか!

ウォレット、カードケース、クラッチバッグ・・・。「革小物」の種類って少ないように感じられるけど、「クレバレスコ」の製品は、素材や色の組み合わせによって、全く違った表情を描き出す。ものすごい可能性を秘めているのだ!

名刺ケースやウォレット、クラッチバッグといったベースとなるモデルと、多彩に取り揃えたレザーサンプル、そして各種パーツとを組み合わせて、ほかにはないレザーアイテムをつくれる本イベント。特にエキゾチックレザーの種類やあしらいに関しては、実に幅広い選択肢が用意されている。はっきり言ってクオリティを考えると、その価格は驚くほどにリーズナブルだと思う!

ちなみに、この記事でわかるとおり西森さんは職人気質の権化のような方だが、実際に会うととっても物腰柔らかなお兄さんなので、心配は無用だ(笑)。

HPをご覧いただだき、ぜひ予習してから「ぼくのおじさん」のアトリエにお越しください!

【日時】

3月15日(土曜)12時〜19時

3月16日(日曜)12時〜18時

【場所】

Atelier Mon Oncle
(東京都新宿区水道町1-9 しのぶ荘104)


【納期】

5〜6ヶ月

【予約】

予約優先(フリーでのご来訪もOKです)

【問い合わせ先】
info@mononcle.jp

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