寒い山形から、
ぽっかぽかの愛。
「ぼくのおじさん」が共感する
セーター工場の物語
撮影・文/山下英介
東京を拠点とする「ぼくのおじさん」が、初めて地方取材に訪れたのは、山形県のニット工場だった。どうして山形なの? そして、どうしてニット工場なの? その答えは、こちらが「ぼくのおじさん」の〝いとこ〟のような存在だから! ニットを通じて世の中に愛を届ける仲間、「米富繊維」の物語を、ぜひみんなにも知ってもらいたい。
「ぼくのおじさん」の
デザイナーは山形にいた!
実をいうと「ぼくのおじさん」の半分くらいは、メイド・イン・山形だ。どういうことかというと、このサイトのデザインを手掛けてくれたのは、アカオニという山形県のデザイン集団・・・というかクリエイター集団なのである。プロダクトからパッケージ制作、そしてWebサイトに至るまで、幅広い分野でデザイン活動やコピーライティングを手掛けるこちらの評判は、今や山形県のみならず、全国的にも鳴り響いている。こちらがデザインした『サヴァ缶』を見たことがあるという人は、多いんじゃないかな?
そんなアカオニがつくるプロダクトやWebサイトに一目惚れして、編集人はそれまで全く面識がなかったのにも関わらず、自身のサイトデザインをこちらにお願いすることにした。その結果生まれたのが、「ぼくのおじさん」である。なかなか素敵でしょ?
住所/山形県山形市七日町2-7-23 とんがりビル2F
TEL/023-665-5364(アカオニ内)
その制作の過程で思い知らされたのが、テーマ(主題)をもつこと、そしてブラさないことの大切さ、であった。東京で雑誌をつくったり、クリエイターとして活動していると、いわゆる業界の動向を気にしてしまったり、なまじ仕事のタネがたくさんあるだけに、ひとつのテーマを貫くことが難しかったりする。
「あっち方面からもお金がもらえそうだから、このへんの表現はちょっと曖昧にしておいたほうがいいかな?」とか、「とりあえず安定の白人系外国人モデルでしょ」「ここは適当に横文字使っとくか〜」みたいな感じね。そういうのが積み重なっていくと、ありきたりなメディア(ブランド)の一丁あがりである。
それに対してアカオニの仕事には、そういうブレが一切ない。クライアントであるぼくのコンセプトをひたすら純化させて、具現化以上というか、その先をゆくデザインをつくってくれたのだ。その過程において、ぼく自身のアイデアが何度却下されたことか。
え〜っ、ぼくがこの雑誌の編集人なんですけど・・・と思わなくもなかったけれど、クライアントの意見が常に正解とは限らない。彼らは「なんとなく格好いいから」「これが流行だから」「クライアントがそうしろって言ったから」みたいな仕事はしていない。その先にある正解を追い求めてくれたんだよね。
今、面白いクリエイションは
地方から生まれている
そんなアカオニの仕事に感動するやら、我が身を振り返るやらしながら、ふとまわりを見回すと、ピュアなテーマを掲げて面白い活動をしているクリエイターやブランド、そしてショップは、圧倒的に地方に多いという事実に気づいてしまった。
すっかり前置きが長くなってしまったが、その中のひとつが、山形県にある老舗ニットファクトリーの「米富繊維」である。実はこちらは、サイトやカタログなど、ビジュアルづくりすべてをアカオニが担っている企業。いわば「ぼくのおじさん」の兄弟・・・とまでは言い過ぎだから、いとこのようなものだ。斬新なコンセプトを掲げたブランドやプロダクトをいくつも立ち上げ、海外メーカーの独壇場だったニットの世界に、新しい風を吹かせている米富繊維。今回、こちらが山形の工場内にショップをつくったというニュースを耳にしたので、アカオニ詣でも兼ねて、伺ってみることにした。
住所/山形県東村山郡山辺町山辺1136
TEL/023-664-8166(米富繊維)
米富繊維がファクトリーを構えているのは、山形市のとなり町、山辺町。古くからニットづくりが盛んな土地柄で、なかでも米富繊維は約70年の歴史を誇る老舗だという。その3代目社長を務めるのが、今回ぼくを山形に招いてくれた、大江健さんだ。
実は大江さんは、大学進学とともに上京して、ビジネススクールで学んだのち、セレクトショップのトゥモローランドで働いていたという。
「当時はこの会社を継ぐことになるなんて、全く考えもしませんでした。ぼくがトゥモローランドで働いていた2000年代って、インポートブームで、インコテックスみたいな海外のファクトリーブランドが、ガンガン売れていた時代だったんです。それなのに地元から聞こえてくるのは、工場の倒産やリストラの話題、あそこの工場のおじさんが自殺したといった、悲しい話ばかり。ものづくりでは絶対に負けていないのに、どうして日本のファクトリーはダメなんだろう?って、疑問に思っていました。工場をブランドにしなくては、もう生き残れない。これが会社を継いだ1番の動機ですね」
そんな危機感から、慣れ親しんだ東京での暮らしを捨て、2007年に山形へ帰郷、米富繊維に入社した大江さん。2010年には自身がデザインを手がけ、COOHEM(コーヘン)というブランドを設立。その頃はまだ〝日本のファクトリーブランド〟という概念がなかったため、風当たりも強かったというが、東京や海外で開催される合同展示会への出展を通じて、その販路はどんどん広がっていく。
洋服好きを唸らせる
衝撃のニット製品
現在は複雑かつトレンド性の高いデザインが自慢のCOOHEMに加えて、セーターの可能性を追求する実験的ブランドTHIS IS A SWEATER(ディス イズ ア セーター)、ベーシックアイテムを追求するYONETOMIと、3つのオリジナルブランドを展開している米富繊維。いくつかのヒット作も生み出し、その存在感を急速に高めている。
特に2020年にYONETOMIから発表した、強撚糸を使ったゴワゴワのカシミヤ「リジッドカシミヤ」や、2021年にTHIS IS A SWEATERから発表した〝機械編みのアランセーター〟はものすごい完成度で、洋服好きの度肝を抜いた。
「このアランセーターは、もはや消滅寸前と言われているアラン諸島の手編みニットを、機械編みで再現するというプロジェクトでつくったものです。日本にアランセーターを広めた第一人者、野沢弥一郎さんが所有する、世界一の編み手が編んだものを見本につくりましたが、左右非対称で30もの柄が編み込まれたニットを再現するのは、困難を極めました。アランセーター特有の立体感を表現しようとすると、糸が切れやすくなりますし。結局このニットは、通常のニットが約1時間で編めるのに対して、8時間かけて編んでいます。使っている糸はすべて別注で、4着分。もはやクレイジーな特別枠ですよね。そんなアランセーターに対して、アカオニさんがつけてくれたキャッチコピーは〝セーターは愛〟(笑)。たとえ機械で編もうと、結局はひとの手がなくてはつくれない。奇跡の一枚なんですよね」
なるほど、〝セーターは愛〟! しかしぼくたちにはセーターづくりの工程なんて想像もつかないので、そもそもどうやって編まれるものなのか、大江さんに教えてもらおうじゃないか。
そもそもニットって何なんだ?
大江社長のニット講座
大江 セーターとは、生地を横方向に往復しながら編み、平らな生地に仕上げるものです。それに対して、円を描くように筒状態に編むのが、Tシャツなどの丸編み。横編みした生地の中でも、ジャケットやブルゾンなどは裁断して縫製していきますが、いわゆるセーターはパーツごとに編まれていき、リンキングという手法で成型していきます。
リンキングって、縫うのと何が違うんですか?
大江 ニットの編み目をひとつひとつ拾いながら繋ぎ合わせる技術です。これはとても細かい作業なので、高齢な職人さんにはなかなか難しいですよ。
ニットの編み目をつなぎ合わせる、リンキング工程。専用のミシンこそ使うものの非常に細かい作業で、熟練した職人さんの技術が欠かせない。
本当だ。確かに、ロックミシンで縫い合わせたものとはまったく違いますね。そこに職人さんの技術が反映されるんだろうなあ。でも、編むのは機械だから、いい機械さえ一台ドーンと導入しちゃえば、なんだってつくれちゃうわけですよね?
大江 全く違います。まずニットとは、ゲージごとに編機が違うんです。
えーっと、よくローゲージとかハイゲージとか、なんとなく使っていますが、そもそも何のことでしょうか(笑)?
大江 1インチ(2.54㎝)の間にある針の密度のことです。たとえばさっきのアランニットなら3ゲージ。有名なジョンスメドレーやクルチアーニは21〜27ゲージでしょうか。ちなみに皆さんがよく着ているユニクロの3Dニットは、14〜16ゲージくらいです。だいたい14ゲージくらいからハイゲージと呼びますが、米富繊維には12ゲージまでの機械しかありません。43台の織機のうち、3ゲージを9台、5ゲージを11台使っていますが、ここまでローゲージに特化した工場は、世界的に見てもかなり珍しいんですよ。
いいセーターって
いったいどんなもの?
それは知りませんでした! 機械一台で色々なニットが編めるってものじゃないんですね。でも、とはいえ編むのは機械ですから、意地悪な話ですけれど、MACなんかにピピッとセッティングすれば、一発で自動的に編めてしまうのでは・・・?
大江 異素材を組み合わせることも多い、うちのような複雑な編み地は、高度なプログラムなくして開発できません。また、ニットは柔らかすぎてCAMを使った機械裁断は不可能ですし、編み目の大きなローゲージニットを成形するのはとても困難です。伸縮を計算したパターンメイキングも必要ですし、たとえ同じ編機を使っていても、至るところにファクトリーの技術が現れるんですよね。
右の写真を見ればわかるとおり、異常に複雑で高度な専門知識が求められる、ニットのプログラム製作。COOHEMのようなブランドなら、なおさらだ。こうしたニットの専門的知識を持ったデザイナーさんは、どんどん減っているらしい。
失礼しました! リンキングもすごいですが、プログラムに関しては、画面を見ても全く意味がわかりません・・・。ニットづくりというのは、恐ろしく緻密な世界なんですね。
大江 でも、確かに機械さえあれば、というものづくりも存在するんです。最近はリンキングができる職人さんが減ったかわりに、裁断も縫製も必要とせず、機械で一着まるごと編み上げるホールガーメント(3Dニット)に移行しつつあります。ただ、ユニクロが東京の有明でホールガーメント専門工場を稼働させている今、中途半端な資本でそこに太刀打ちできるとは思えない。ぼくたちのような工場は、みんなと違う場所で勝負しなくてはいけませんから。セーターにハサミを入れたり、カシミアを強撚にするような発想も、そうした試みのひとつです。イタリアやスコットランドのような固有のセーター文化がない、日本の産地だからこそ、固定概念に捉われないものづくりができるんですよね。
価格競争になったら、疲弊しちゃいますからね。
大江 もはや、単に中間マージンを省いた程度のものはいらないですよね。高くても自分たちが着たいものを形にして、それにお客様が共感してくれる。これが理想ですよね。好きな人にだけ伝われば、それでいいんです。
じゃあ、これからはやっぱりオリジナルブランド中心になっていくんですか?
大江 いや、OEM(受託製造)は貴重な情報やネットワークを得られる場所でもあるし、うちにとっては大切なお仕事です。イタリアのファクトリーブランドのように、どちらも両立させることが理想ですね。幸いなことに、オリジナルブランドを展開したことがきっかけで、最近は小規模なブランドさんからの安定したお仕事も増えてきて、再び伸びているんですよ。うちは先代の頃から集めていた2万枚以上のセーターをアーカイブしているので、そういった点も魅力なんでしょうね。今は自社でショップを構えて、そのための買い付けもしているので、三方向に向けたビジネスができているかな。
山形の新しい文化を産み出す
「ファッションの産地直売」!
取材の合間に大江さんが出前をとってくれたラーメン。水がいいのか、シンプルなのにとても美味い! 地元の方によると山形は極端に麺文化が発達した土地で、ランチの選択肢は麺一択だとか。
なるほど、オリジナルブランドの存在によって、その高度な技術力がこだわりのブランドに知れ渡ったわけですね。しかしちょっと言いにくいですが、ファクトリーはともかく、こんな場所にショップを構えて、お客さんは来るんですか?
大江 山形って、日本で唯一百貨店がない県なんです。洋服屋さんもあまりありません。そんなファッションとは縁遠い場所ですが、時間があれば工場をご案内することもできるので、お客様にぼくたちの思いを直接伝えることができるんです。今は地元のお客様と県外のお客様、半分半分くらいでしょうか。最近はお洒落な古着屋さんもできつつあるので、美味しいお蕎麦を食べに行くついでに、ファッションの産地直売もぜひ楽しんでほしいですね(笑)。
ここに来たお客さんは、一発で米富繊維さんのファンになっちゃうでしょうね。ファクトリーで働く皆さんも、こういったハイセンスなブランドやお店があることは誇らしいんじゃないですか?
大江 これは地方の企業の悩みどころなんですが、若者が興味を持ってうちに就職してくれても、田舎の生活とのギャップに悩んで、退職してしまうケースが多かったんです。でもこういった新しい挑戦を始めてからは、若い子たちが増えて、しかもしっかり定着しつつあるんですよ。
さっき頂いた出前のラーメンもめちゃくちゃ美味しかったし、面白い民藝品もたくさんあるし、ぼくもすっかり山形が好きになりましたよ! それにしても、お洒落な空間のなかに、「ファッションは生活なり」の言葉が効いてますね(笑)。
米富繊維の創業者、大江良一さんが遺した言葉「ファッションは生活なり」。暮らしと装いが密接に結びつき、ひとつの文化を形成しているヨーロッパを視察したことで、生まれた言葉だという。
大江 実はこの言葉、創業者である祖父が自伝の表紙に書いた、タイトル文字そのものなんです。祖父が遺したこの言葉こそが、ぼくたちのストアコンセプトにふさわしいなと思って。