世界の都市で愛される
メイド・イン・鳩山!
田舎暮らしで叶えた
美しきバッグと
本当の豊かさ
撮影・文/山下英介
「ぼくのおじさん」の編集人が生まれ育った埼玉県は、はっきり言ってものづくり不毛の地だ。東京と距離的に近いがゆえに、交通手段の発展とともに郷土固有の職人文化はいつしか薄まり、ベッドタウンとしての機能性ばかりを重視した街づくりと暮らし方が進められてきた。でも、そんな埼玉県にあっても、もちろん素敵なモノをつくっている職人さんは存在する。今回紹介するバッグ工房はまさにその代表格であり、名だたる欧米のライフスタイルショップで認められている超一流だ。そのプロダクトと生産背景には、〝これからのものづくり〟と〝これからの暮らし方〟のヒントが詰まっている。
〝過疎の町〟で見つけた
ハイセンスなバッグ
何を隠そう、「ぼくのおじさん」の編集人はバッグが大好きだ。いつもInstagramをチェックしては、国内外の面白いバッグをチェックしている。そこで最近見つけたのがSouthern Field Industries(サザン フィールド インダストリーズ)というブランド。そのバッグはキャンバスやレザーを使ったクラシックなスタイルながらも、よくあるラグジュアリー方向でもレトロ方向でもなく、とてもスタイリッシュな雰囲気だ。
これは北欧とか北米あたりでつくられているのかな?と思い調べてみると、なんとそのバッグはメイド・イン・鳩山だった。と、言っても知らない人も多いと思うので説明させていただくと、鳩山とは埼玉県の真ん中あたりにあるベッドタウンで、農業の盛んな丘陵地帯。残念ながら県外に知られた特産品や観光地があるわけでもなく、最近は住民の高齢化や過疎化したニュータウン、そして暑さ日本一といった微妙な話題でばかり語られている町なのである。「街の幸福度」ランキングで全国一位に輝くなど、本当は魅力もたくさんあるんだけど、残念ながらそれが周知されているとは言い難い。比較的近隣に実家のある編集人としては、失礼を承知で言わせてもらうと、この町でこんな格好いいバッグがつくられているなんて、ものすごく不思議!
いったい鳩山町で、どんな人たちがこのバッグをつくっているんだろう? そんな疑問を解決すべく、編集人は町のなかでも特にのどかな農村エリアにある、サザン フィールド インダストリーズの工房に向かった。
アメリカのECモールを通して
鳩山町から世界に!
いやあ、まさか埼玉県の鳩山町にこんな素敵な工房があったとは、つい最近まで知りませんでした! もともとは馬具工房をルーツにしていると聞きましたが?
岡田 学 そうです。父が脱サラして始めた工房が、ぼくたちのルーツにあります。ただ馬具と言っても、鞍などのレザー製品というよりは、競走馬のジョッキーが使うゼッケンなどを縫う、装備品の縫製工房だったんですよ。もともとは埼玉県富士見市の南畑というエリアに工房があって、近所のパートのおばさんたちが働いていました。どんどん大きくなって、従業員さんも増えて、毎日大忙しでしたね。
じゃあ、岡田さんも子供の頃から職人志望だったんですか?
岡田 いや、当時は全くそんなことは考えていませんでした。普通に大学に通っていたんですが、特に目標もなかったし、当時忙しかった父親の仕事を手伝って、なんとなくそのままの流れで(笑)。
なんとなく、ですか(笑)。
岡田 でも、その後突然メインの取引先からの仕事がよそに持っていかれちゃって、父が工場を畳むことになったんです。とはいえ取引先もまだ少し残っていたので、ぼくがそれを引き継ぐことになりました。すでにこの家に住んでいたので、工房のミシンや材料を持ってきて。
ある意味否応なしに、という感じだったんですね。
岡田 実はこの鳩山には、乗馬クラブがいっぱいあるんですよ。だから競馬というよりは、乗馬を趣味にされている方向けの仕事がお金になるんじゃないかな、と思ったんですが、いざ始めてみると大変で(笑)。乗馬協会の人と知り合いになってブーツやバッグなどを営業してもすごく小さな世界で、なかなか広がらない。どうしても修理がメインになっちゃうんですよね。
職人さんの課題として、それはありますよね。
岡田 ただ、当時からバッグの評判はよかったので、これだったら乗馬以外のお客さんにも買ってもらえるんじゃないかな?と思い付きました。それで Etsy(エツィ)というハンドメイド品のマーケットプレイスに、自分でつくったバッグを出品してみたんです。
Etsy! 恥ずかしながら全然知りませんでした。というか、これは日本じゃなくてアメリカのECモールですよね?
岡田 そうなんです。ただ、海外に打ち出したいというよりは、もともとよくチェックしていたサイトだったんですよ。2010年くらいのことですが、当時は日本にそういうマーケットプレイスはありませんでしたから。それが意外と反応がよくて、プロのバイヤーさんからも買ってもらえるようになりました。その頃がブランドの始まりということになりますね。
それで屋号もサザン フィールド インダストリーズに変えた、と。これって何か意味があるんですか?
岡田 さっきぼく、「南畑」って言いましたよね(笑)?
ああ、サザンフィールドは鳩山じゃなくて埼玉県富士見市の南畑だったんですね(笑)。しかし、同じ埼玉出身者として失礼は重々承知でお伺いしますが、サザン フィールド インダストリーのバッグって、この鳩山でつくられているとは思えないほど洗練されていますよね? 悪い意味でのハンドクラフト感も全く感じさせませんし、これって岡田さんのセンスなんですか?
岡田 そうです(笑)。今はそれほど洋服を買っているわけではありませんが、いいものを見るのは昔から好きでしたね。絵画や写真、古い車、工業製品・・・。でもそれが自分の製品に影響してくるとは、当時は全く思っていませんでしたが。面白いものですよね。
ちなみにこのエリアにご自宅を建てられたのは、何か理由があるんですか?
岡田 隣町(東松山市)にある大東文化大学に通っていたもので、もともと好きな場所ではあったんです。もし自分が将来結婚して家を建てるなら、こんな場所がいいなって。この家を設計してくれた建築士さんからは、まだ若いんだから都内に住めば?って言われましたけど(笑)。
自分たちにしかできない
ものづくりを見つめて
最初につくった製品は、現在でも販売されているようなキャンバスのバッグだったんですね?
岡田 そうですね。父親の時代からの取引先に卸してもらった生地を使いました。自分がバッグをつくるんだったら、いちから技術を覚えたり素材を探すというより、今ある技術や使える素材を活かしたほうがいいんじゃないかって。だから、ぼくのバッグづくりの技術は、父の会社で縫っていた集金袋がルーツなんです(笑)。
バッグじゃなくて集金袋由来の技術(笑)。でも、ミシンをかけるのはお得意だったわけですよね?
岡田 見よう見真似ですよ。ミシンって、何も特別な技術ではないと思うんです。自転車に乗ったり、包丁で野菜を切ったりするのと同じことかなって。うちに来てくれるパートさんも、最初は「やりたくない」って抵抗するんですけど(笑)、結局すぐにできちゃうんです。妻のケイコだってすぐに覚えちゃいましたし。だから道具の使い方や技術というよりは、それを使ってどういうものをつくるか?ということのほうが大切なんですよね。
なるほど!もうちょっと詳しく教えてください。
岡田 言葉にするのは難しいんですが、最初につくりたいものありきで、それならこういう順番で、こういうやり方じゃないとダメだよね、というのを徹底的に考えるんです。
どんなやり方で新製品を開発するんですか?
岡田 既存のバッグから着想したり、それらをバラして、みたいなやり方は一切しないです。頭の中にある図面を絵にして、まずは何度もつくってしまう。そこから導き出された修正点などを踏まえてIllustratorに反映させて、それを最終的に型紙に起こす・・・みたいな感じですね。
モックアップみたいな感じではないんですね。
岡田 そうですね。試作の段階から製品になる素材を使わないと、ぼくはわからないんですよ。そこで結構お金を使っちゃうんですけど(笑)。
経歴もそうですが、ちょっと異色なつくり方かもしれませんね。
岡田 そうですかね? 同業他社さんがどうやってるか、ぼくも知りたいくらいです(笑)。戦略とかマーケティングとか一切考えずに始めたら、たまたま男性にも女性にも持ってもらえるようになったので、このやり方でいいんじゃないかなと思っているんですが。
ブランドのベストセラーって何ですか?
定番のショッパーは2万6,500円+税。6号帆布とヌメ革を手仕事で組み合わせるそのバッグはクラシックだが、いい意味での工業製品的な、理に適った簡潔さがある。最初は少し素っ気ない表情だが、使い込むほどに風合いを増し、かけがえのない存在になっていく。
岡田 やっぱり定番のショッパーです。帆布のバッグというと一澤帆布さんやL.L.BEANみたいなイメージが強いですが、うちはそれらとは全く別の方向性でやっています。キャンバスのバッグって、ナイロンなどと較べるとあまり機能的じゃないですよね? でも、帆布やレザーといった天然素材って、そういう機能素材とはまた違ったよさがあると思うんです。体になじんで、ギアというより自分の体の延長線上になってくれるというか。そんな風に、ぼくたちができることは何か?ということを考えながら、日々進化させています。ちなみに素材については、キャンバスは倉敷帆布さんと直接取引させてもらっていて、その他の素材や副資材は、東京の問屋さんから仕入れています。
ストラップまでオールレザーのミニショルダーバッグは、3万2000円+税。クラシックな馬具を彷彿させる逸品だが、ステッチを目立たせずこざっぱりとモダンに仕上げている。無骨すぎないその表情が、多くの女性たちから支持される理由。
ある程度素材を絞っているから、ここまで価格を抑えられているということですか?
岡田 そうですね。百貨店さんには安すぎるとダメ出しされるんですが(笑)。
本当にいいものを
つくっていればどこにいたって
人は見てくれる
皆さん、Etsyを通してこのブランドを知ったんですかね?
岡田 そうですね。Etsyをきっかけに北米のお店に置いてもらえるようになって、そのブログやInstagramを見て国内のお店に知ってもらう、みたいな感じでした。本当なら国内の卸先向けに展示会を開催して、バイヤーさんに案内状を送って・・・みたいなやり方が正攻法だと思うんですが、こっちはそんな常識は全く知りませんでしたから(笑)。なので最初は直接資料を送ったりしていましたけど、ぜんぜんダメでしたね。日本のマーケットは大変でした。
あれ?これ日本のブランドなんだ、みたいな現象から広まっていったわけですね。今の取扱店はどんな感じですか?
岡田 海外で常時扱ってくれているショップが3〜4店舗ですね。あとは国内に数店舗。皆さん長いですよ。工房に来てくれることもありますし。
なかなかすごいですよね。サイタマ? ハトヤマ? なにそれ?みたいな感じでしょうし(笑)、都心からはそれなりに時間もかかりますからね。
岡田 2時間あったら京都とか行けちゃいますからね(笑)。
お客さんは女性が多いんですか?
岡田 男女比は約半々くらいですかね。
それは素晴らしいですね。なんというか、製品にもブランドにも余計な色がついていないから、ニュートラルな感じがしますよね。
岡田 今にして思えば、そこはよかったところですね。うちのバッグは女性の洋服屋さんでも、ゴリゴリのメンズでも(笑)、家具屋さん、雑貨屋さん・・・どこにでも置いてもらえるので。ファッション系のお客様には新作というかシーズン性を求められることが多いのですが、うちはファッションブランドじゃないので、そういうやり方に固執しなくてもいいんじゃないかと思っています。シャツみたいに頻繁に買い替えるものでもないですし。
製品だけ見ると、どこの国でつくっているかわからないですよね。パリとか北欧とか言われても、納得しちゃうような。
岡田 そこはたぶん、ぼくらが普段見ているものや興味を持っているものが、ごちゃ混ぜになって製品に反映されているということですよね。
ケイコ どこで学んだとかがないから、自分たちのインスピレーションだけでものをつくっている。それが型にはまっていない、という評価につながるのかな、と思いますね。ここは流行なんて全く関係ない場所ですし。
おっしゃる通りですね(笑)。世界をマーケットと捉えることができれば、ひっきりなしに新作を発表したり、そこまで慌ただしく回転させなくてもいいですもんね。
鳩山暮らしだから両立できる
豊かな暮らしと
どこにもないものづくり
お二方の鳩山での生活は、どんな感じなんですか?
岡田 基本的には仕事ばっかりですね。週に1回お休みがあって、月に1回連休をとっています。普段は朝起きて、犬の世話をして、ご飯食べて、掃除して、終わったらすぐに仕事を始めます。今はもう4時半か5時くらいには仕事を終わらせて、ぼくはデスクワークを少ししたら、お酒を飲みながらご飯を食べて、酔っ払って寝ちゃうという。まあ、なんのことはない生活です(笑)。
(笑)。畑とかもやってるんですよね?
岡田 一時期は土があるところには何かしら植えてたんですけど、どうしても食べきれないし管理も行き届かないから、最近は自分たちが好きで保存できるものだけをつくるようにしています。でも今年は本当にダメでしたね。酷暑の影響もあるんでしょうけど。
鳩山といえば暑さ日本一ですからね(笑)。しかし、本当におふたりの暮らしは、ここで完結するようにできているんですね!
岡田 そうなんですよ! 買い物も鳩山の中で済ませちゃうし、洋服だって今はネットで買えるし。都内に出ることはほとんどないので、この辺しか知らないです(笑)。
でも、それが楽しいんですね?
ケイコ そうですね。私がきのこ好きなので(笑)、たまに八ヶ岳まできのこ刈りに行ったりもしますけど。
岡田 ケイコはきのこ検定1級なんですよ(笑)。でも、八ヶ岳まで行かなくても、この辺でもきのこは採れるよね? まあ、もうちょっと外に出て、いろんなものを見たり人と会ったりしなきゃダメだって言われることもあるんですけど、情報がないからこそのよさもあるのかなって。
バッグの場合、どうしてもエルメスをはじめとするメゾンブランドの影響って避けきれないですよね。セレクトショップに行くと、〝エルメス風〟のバッグがごまんとありますし。そういう意味では、東京のクリエイターさんは、インプットが多すぎるがゆえに、逆に角が取れちゃうことも多いような気もします。
岡田 たまに東京に出たときに目や耳から入ってくる情報量って半端じゃないし、ネットで素敵なものを目にすることもあるんですが、自分たちのスタイルじゃないものをつくっても、意味はないのかな?とは思いますね。たまに取引先さんからも、〝●●風〟のリクエストはあるんですが、それをやってしまうと、自分たちのスタイルが薄っぺらくなっちゃいますから。ですから、今は無理に展示会を開催することもなく、完全に自分たちのペースでやらせてもらっています。結局、営業したり展示会で決まる取引先さんよりも、Instagramなどを通して、ぼくたちがつくったものに興味を持ってくれたことで決まる取引先さんのほうが多かったんですよね。いいものをつくっていれば、どこかで誰かが見てくれると信じています。
普通だけど、ありきたりじゃない。ラグジュアリーじゃないけど、健康的で豊か。ふたりの暮らしとふたりのバッグを形容する言葉は、見事に重なる。
ユーザー目線で「これがほしい」と思ってくるわけですからね。
岡田 そうだと思います。
今後のファクトリーの展望とかはあるんですか?
岡田 ちょっと前までは、仕事場を大きくして、パートさんを増やして、中規模クラスのファクトリーにしたい・・・なんて思っていたんですけど、今はそういう野望はなくなりました。ここでこうやって暮らす分には、そこまでお金持ちにならなくてもいいですし。
確かに、今のお二方はクリエーションとライフスタイル、そしてビジネスのバランスが健康的というか、無理なく一体化していますよね。そこに本質的な豊かさを感じます。
岡田 ぼくたちの仕事って、いろんな方々のおかげで成り立っているんですが、長く続いているお店って、いつも同じものを買ってくれるんですよ。それが何よりありがたい。
ケイコ 最初にポップアップストアを開いてくれたカナダのお店なんて、まさにそうだよね?
岡田 そう。オーナーさんご自身がうちのバッグを好きで、いつも使ってくれているんです。そういう関係性を築けるお店やお客さんがもう少し増えてくれれば、うちはそれで充分かなって思いますね。