2024.10.16.Wed
今日のおじさん語録
「哲学は神が私たちに授けた最も美しい贈り物である。/ソクラテス」
特集/ぼくのおじさん物語 『スペイン』

古くて新しい
スペイン職人の生き方①
手工芸は人生哲学だ!
この国の革に魅せられた
鞄職人メリナさん

撮影・文/山下英介

今まで雑誌やテレビなどではあまり取り上げられてこなかった、スペインのものづくりやファッション文化について探りたい! そんな「ぼくのおじさん」が目をつけたのは、マドリード市内にあるレザー工房「Oficio Studio(オフィシオスタジオ)」。メールでやり取りをしただけでも素敵な人柄が伝わる職人のメリナさんは、一体どんな人で、この街でどんなものづくりをしているんだろう? 編集人はドキドキしながら工房のドアを叩いた。 

スペインの革に惹かれて
建築家から転身した!

マドリード市内の中心地にあるクラシックなビルの、ひろびろとした一室がメリナさんの工房。ご覧の通り笑顔の絶えないハッピーな職人さんだった。商品についてはオフィシャルHPをご覧あれ。ちなみにブランド名に使われているOficioという単語は、スペイン語で〝学校ではなく実践で学ぶ仕事〟を意味するという。
はじめまして、メリナさん! はるばるマドリードまで会いにきちゃいました(笑)。メリナさんは、このお仕事につかれてもう長いんですか?

メリナ 私はメキシコ人で、15年ほど前からこのスペインに住んでいます。もともと建築を学んでいて、マドリードには大学院で勉強するために来たのですが、スペインの革に魅了されてしまって。

え〜っ、きっかけは革だったんですか? 移住を決意させちゃうほどいい素材ってこと?

メリナ ええ。でも、街を歩けばいいバッグを持っている人がたくさんいるのに、デザインがあまりよくないの。そこで私はスペインの革を生かして、トレンドに流されないデザインと手頃な価格を兼ね備えたバッグをつくろうと思ったんです。

もともと建築家だったメリナさんのバッグづくりは、合理的でムダがない。それでいてレザーと対話し慈しむかのような、ていねいな仕事ぶりが印象に残った。この人は本当にレザーを愛しているんだ!
誰かのもとで修行されたんですか?

メリナ いや、教えてくれる人はいなかったので、自分で古いバッグを買っては分解して、ということを繰り返して、バッグづくりを習得しました。もともと建築を学んでいたので、構造については強みがあったんでしょうね。そんなときに彼氏と出会って、ふたりでスペイン中を旅しながら、革なめし職人を探しました。そこでわかったのは、いい職人は隠れているということ。

情報が溢れているこんな時代でも、他のブランドが使わないような革が見つかるものですか?

メリナ 私が革を仕入れているなめし工房(タンナー)って、もう200年も同じような仕事を続けているところばかりなんですよ。そして、総じて「リニアペレ」(国際的な皮革見本市)に出展していない。だいたいそういう見本市に進出して事業を拡大すると、品質が落ちるんですよね(笑)。私が以前付き合いのあった中規模のなめし工場も、ファストファッションの会社に見つけられた途端に拡大して、品質も落ちてしまいました。

今まで世界の一流レザーを見てきた編集人だけど、メリナさんがネットに頼らず足で探した天然タンニンなめしのレザーは、巷で流通しているレザーとはまた違った趣がある。メゾンブランドが使っているレザーはすべてが上質なのか? 上質なレザーに、毛穴やシワはあってはいけないのか? その素朴で豊かな風合いは、ぼくたちの凝り固まった価値観をほぐしてくれる。
はぁ〜、そういうものなんですか。

メリナ そういう意味では、ファッションの世界に関わっていないタンナーのほうがいいですね。私の付き合うタンナーはどんどん規模が小さくなっていますが、そのかわり品質はどんどん向上しています。スペインの場合は乗馬の文化があるので、私が革を仕入れているのは、ほとんど馬具用の革をなめすタンナーなんですよ。

そうか、スペインには「バケロ」というカウボーイ文化がありますもんね! イタリアの「マカロニウエスタン」映画も、実はスペインで撮影されていたという話もありますし。

昔ながらの
タンニンなめしが
今もなお残る国

メリナ ああ、「スパゲッティウエスタン」映画ね(笑)。はっきり言ってスペイン人はイタリアやフランスと較べて、マーケティングが下手なんですよ(笑)。もともと革なめしはイスラム圏で発展した文化なのですが、アラブ勢力の影響を強く受けたスペインには、今もなおその伝統が残っているんです。世界でも少なくなった、植物タンニンを使った天然のなめし工法がね。

そういえば、コードバンもスペインの〝コルドバ〟から来たって聞いたことがあります。

メリナ そう、その技術は本来スペインで生まれたものなんです。でも今はコルドバになめし職人はいないんだけど(笑)。

あら、そうなんですか!

メリナ 革なめしには、豊かな水と乾燥した気候が必要です。スペインのカスティーリャ地方には大きな水路があるのですが、上質な革なめし工房はこの水路に沿って点在しているんです。

それは知りませんでした。

メリナ ただ、そういう伝統的ななめし工房から生まれたいい革も、高くなってしまったら結局海外に行くだけで終わってしまうでしょう? だから私はここで、現地の人が買えるような価格でスペイン産レザーのバッグをつくりたいなって。デザインも品質もいいけれど、価格もリーズナブルなものを。ちょっとタンナーの写真を見てみますか?

こちらはメリナさんが提供してくれたタンナー(革なめし工房)の写真。スペインの田舎では、今もなおこんな伝統的なものづくりが行われているのだ! ぜひ「ぼくのおじさん」でも取材したいなあ。
うわあ、現代とは思えない雰囲気ですね・・・。

メリナ ここは植物性のタンニンでなめして、革なめし用のオリーブオイルで柔らかくして、大理石のテーブルの上に広げて伸ばし、クリスタルを使って磨きをかけるんです。

これはすごい。

メリナ 私のカバンにおける主人公は革そのものなんです。デザインはそれを生かす、シンプルかつオーガニックなものでいい。

革をムダにせず使い切るのがメリナさんの流儀。まるで毎日の食事をつくるかのようにテキパキ動き、小物ならあっという間に仕上げてしまう。ダガーの刻印を押したこれらは、編集人が大切に使っている宝物だ!

 
主人公は革そのもの!
素材と対話したものづくり

「オフィシオスタジオ」のバッグはシンプルさがモットーで、余計な装飾はもちろん、ライニングなどの副資材も最低限に抑えられている。ハンドメイドだけど決して贅沢品ではないから、価格はとてもリーズナブルだ。素材のよさを生かした簡潔にして本質的な彼女のものづくりからは、どこか民藝と共通する思想を感じさせる。ちなみに右のバッグは編集人がその場で購入し、現在愛用しているもの。メリナさんのバッグはオンラインストアで購入できるが、ひとりでつくっているから入手できるチャンスは希少!
やはりデザインに関しては、建築的な発想がベースなんですか?

メリナ そうですね。デザインそのものに着目するというより、問題を解決していくことが私のやり方です。キレイであることは当然ですが、流行などは全く気にしていません。そういう意味で、日本のポスタルコというブランドには共感しています。

ポスタルコとはずいぶん通好みの名前が出てきましたが、確かに納得です。それにしても、素晴らしい雰囲気の革ばかり。確かにこれほど豊かな風合いの革なら、余計なデザインは必要ないのかもしれません。

メリナ 私が好きなのは、血管の跡が残っているような自然の革。裏側を見ると、まるで木みたいでしょ? 自然なシワが入っているような首や肩の革だって好んで使っています。こうやって動かすとギュッ、ギュッと音がするでしょ? これが化学薬品を使っていないことの証明なんですよ。

毛穴や血筋(血管の跡)、傷、虫刺されといった動物が生きた証を、決して隠すことなく最後まで使い切るメリナさん。その製品はたまらなく暖かく、使い込むほどに愛おしくなってくる。
それは知りませんでした!

メリナ 植物タンニンなめしと謳っていても、意外と化学薬品をミックスすることも多いので、騙されないように注意してね(笑)。

気をつけます(笑)。こういうのは馬具用の革ということですか?

メリナ そう。馬の肌はとても敏感なので、天然なめしじゃないとダメなんです。昔は狩猟用品にもよくこうしたレザーが使われていましたが、油分が多く含まれた子牛の革は水に強く、血がかかってもすぐに拭える。プラスチック製品がない時代、なめし職人はものすごい技術を駆使して機能的かつ上質な革をつくっていたんですよ。

昨今は革の値上がりがとんでもないとよく聞きますが、メリナさんのところも大変ですか?

メリナ 私が革を仕入れるなめし職人さんって、私よりずっと人里離れたところに住んでいるんです。小さな村で、世界で何が起きているかなんて全く気にすることもなく、日々自分の仕事をしている人たち。だから、そうした皮革市場の高騰は、私にとってはそれほど関係ないことです。彼らのおかげですけどね。

いや〜、私もいろんな革製品に触れてきましたが、どれも今まで見たことない革ばかりですね。

メリナ それは今までスペインに来たことなかったからでしょ(笑)?

職人の手工芸は
人生哲学だ!

おっしゃる通りです(笑)。しかしこの工房は広々として素敵ですが、パートナーとふたりだけで運営されているんですか? ほかの職人さんの姿が見当たりませんが。

メリナ 実は10年間付き合った彼とは別れちゃって(笑)、今はひとりなんです。

それは失礼しました! 完全にひとりで運営されているとは驚きです。

メリナ しかもこの工房がある建物も、オーナーが売っちゃったから出て行かなくてはならないの。だから私は、今年中に田舎に引っ越す予定なんです。職人は田舎に住んだ方がいいかな、と思いますし。

次の場所はもう決まっているんですか?

メリナ ガリシア地方の海の真ん前にある家に引っ越します。まさに私が設計したのですが、ひと気の少ない、石造りの家。だから引っ越したらオンラインを中心にやっていくことになるかな。

海外での展開はどうされるんですか? 

メリナ どのお店にも私のバッグが置いてある、みたいなことは望んでいません。共感してくれる人とだけコラボレートしたり、できる限り静かな環境を維持したいですね。

誰かを雇ったりはしないんですか?

メリナ 手工芸って、ひとつの人生哲学みたいなものだと思うんです。そして工房とは、製品の一部。私のバッグを買うためにここに来てくれるお客さんは、モノだけじゃなくて、ひとつのライフスタイルを買ってくれるわけだから。職人の「工房」が大きくなったら、それはもはや小さな「工場」ですよね? そして経費がかかるから、そのために生産数を増やして、という発想になってしまう。だから自分なりのプリンシプルを維持するためには、拡大しないことが一番なんです。今の私は金銭的にはリッチじゃないかもしれないけれど、精神的には十分リッチな生活ができているかな。

この国ではそうした考え方は受け入れられているんですか?

メリナ もともとスペインは工芸の国だったわけですが、今は評価されているとは言い難いですね。そうした現状があるからこそ、私に仕事があるとも言えるんですが。

メリナさんのビジネスは、サステナブルなんですか?

メリナ 持続可能という言葉は、人によって定義が異なりますよね。たとえば原材料を他の国から仕入れて外国でだけ売るようなビジネスだったら、パンデミックを乗り切ることはできなかったと思います。私は幸いにも、すべての素材の供給からプロダクトの製作、販売までを自分で把握できているから、パンデミックの影響もほぼ受けませんでした。こうした循環が成り立っているという意味で、私のビジネスは持続可能と言えますね。とはいえ、この工房は今年中に引っ越さなくてはいけませんから、ビジネスも今までとは変えて行かなくてはね(笑)。

同じような志をもつ仲間は、このスペインやマドリードにいるんですか?

メリナ スペインにいるすべての職人は、そうした考えを持っていると思いますよ。実はこれから、私の同志ともいえる帽子工房を紹介したいと思って。一緒にタコスでも食べていきませんか?

わーい、ぜひとも!
メリナさんが紹介してくれた帽子工房「MALEZA HATMAKERS(マレーサハットメーカーズ)」のミルテさん(右)、ハビエールさん(左)。3人は友人を超えた同志のような存在だという。昼食の後は彼らの工房を取材させてもらったのだ。
メキシコ生まれのメリナさんがつくってくれたタコスはヘルシーかつ絶品。ランチの後は広々としたテラスで、ゆっくりとくつろぐのだった。この国の職人さんって素敵だな。日本文化に深く敬意を抱いているというメリナさんとまた会える日を、「ぼくのおじさん」は楽しみにしている!

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