2024.9.17.Tue
今日のおじさん語録
「白は清浄あらゆる色を彩る。黒は厳粛あらゆる色を深める。/月光荘おじさん(高橋兵蔵)」
特集/ぼくのおじさん物語 『スペイン』

これはスペインの
服飾文化遺産だ!
王家が愛したアウター
「テバジャケット」と
フスト ヒメノ物語

撮影・文/山下英介

というわけで「ぼくのおじさん」はテバジャケットの秘密を探るべく、マドリードからマドリードから約270km離れたスペイン東部の都市サラゴサへ。この地でテバジャケットをはじめとするクラシックな洋服を長年仕立て続けている、老舗ファクトリーブランド「JUSTO GIMENO(フスト ヒメノ)」の取材に臨んだ。サラゴサの駅で編集人を迎えてくれたのは、以前イタリアで出会った紳士、その名も〝3代目〟フスト・ヒメノさんだった。これは面白い取材ができそうだ・・・!

テバジャケットは
サヴィル・ロウで生まれた

サラゴサで取材班を迎えてくれた3代目フスト・ヒメノことフスト・ヒメノ・ホセさん。ご覧の通りとても親切な紳士だ。趣味は乗馬。7歳になる娘さんに夢中だそう。
初めまして。今回はテバジャケットのことを知りたくて、スペインのサラゴサまで来ちゃいました! まずはその歴史を教えてもらえますか?

フスト・ヒメーノ 遠く日本から、よく来てくださいましたね。テバジャケットのルーツは、テバ伯爵というスペインの貴族が、20世紀前半にイギリスのサヴィル・ロウで仕立てたものです。オリジナルは狩猟のために仕立てられたので、生地は伸縮性のあるニットで、ゆったりとしたシルエットでした。弾丸を入れるための大きなポケットや、寒さをしのぐために襟を立てて着ることを想定した襟が、現在のデザインのルーツになっています。

人前に出るときはいつもタイドアップを心がけているという紳士なフストさん。こんな着こなしなら、ビジネスシーンでもテバを着られそうだ。シャツはマドリードの「ブルゴス」でビスポークしているとのこと。
この方がテバジャケットの生みの親、21代テバ伯爵ことカルロス・アルフォンソ・ミトハンス・フィッツ・ジェームス・スチュアート(1907〜1997)。めちゃくちゃ長い名前に驚かされるが、英国王室とも血縁を持つ、ヨーロッパを代表する名門貴族だ。写真は名うてのハンターであり、オリンピックに出場したほどの射撃の腕前を誇るテバ伯爵が、1953年にフランス・ヴィシーの鳩撃ち大会で優勝したときのもの。まさにテバジャケットを着ているじゃないか! 襟や胸ポケット、ボタン数などのディテールは異なるが、そのデザインは現代のテバジャケットにも色濃く受け継がれていることがよくわかる。
©︎ALBUM
それがどうしてスペインに広まったんですか?

フスト 当時スペイン国王だったアルフォンソ13世(1886〜1941)がこのジャケットをいたく気に入ったということで、テバ伯爵が国王に進呈したのです。当時の王族とは最大のファッションリーダーですから、これをきっかけにスペイン国内に広まりました。

当時のテバジャケットは、今フスト・ヒメーノさんが着ているものと同じようなデザインなんですか?

フスト 一番最初につくられたものは、ベルトもついていて、ボタンの数も多く、よりハンティングの要素が強いデザインでした。それを私の祖父がアレンジしたのが、現在のテバジャケットですね。

フスト ヒメノと
バーバリーの意外な関係

フスト ヒメノがサラゴサの一等地に構える立派なショップの前で。
P.º Gran Vía, 7, 50006 Zaragoza,
てっきり単なるファクトリーブランドかと思っていたけど、フスト ヒメノのショップはこんなに素敵! 自社生産のジャケットやアウター類を中心に、ドレイクスやウィリアム・ロッキーなどの洋品類を扱い、それらのブランドのスペインにおける輸入代理店も務めているのだという。
ブランドとしてのフスト ヒメノとこのジャケットは、どう関わっているんですか?

フスト 私の祖父はもともとスペインからアルゼンチンに渡って仕立て屋の修行をしていたんですが、1907年に帰国して地元のサラゴサで開業したのち、テバジャケットを仕立てるようになったんです。

イタリアじゃなくて、アルゼンチンで修行されたんですね!

フスト 19世紀末のブエノスアイレスはパリに匹敵する空前の繁栄を遂げていましたから、仕立ての技術も世界トップだったそうです。そんな国で修行した祖父は、すぐにスペイン屈指の仕立て屋になりました。彼は縫製のみならずパターンのスペシャリストでしたから、大量生産と注文服の中間的な生産体制を考えつき、ビスポークのみならず既製服もつくるようになったんです。その後1965年からは父の代になって、工房と仕立て屋、そしてセレクトショップを兼ねた会社へと成長していきました。

写真左が創業者である初代フスト・ヒメノことフスト・ヒメノ・プラディラ。写真右はスペインの国王フェリペ6世。テバジャケットは王室の流れを汲む由緒正しきアウターであり、そのトップブランドであるフスト ヒメノは、王室御用達ブランドでもあったのだ。
こちらの肖像画に描かれているのが3代目のお父さんである、2代目フスト・ヒメノ。すごい迫力!
第一次世界大戦下では軍服もつくっておられたとか?

フスト 実は私の祖父はロンドンのバーバリー社で数ヶ月間研修し、トレンチコートの仕立て技術をマスターしてその証明書をもらったこともあるんです。第一次世界大戦のときは、英国はもちろんフランスやドイツも軍服をつくる余裕が足りなかったので、我が社がトレンチコートをはじめとする軍服を、さまざまな国に供給していました。

なんと、バーバリーでも学んだんですか!  

フスト 我々が仕立てていた頃のトレンチコートはウール素材を使っていましたが、その高い機能性ですぐに人気になり、アルゼンチンでも知られていたそうです。当時はトレンチコート以外にも、バイクに乗るためのコートも生産していましたが、それは今でも残っていますよ。

とても貴重な、20世紀前半にフスト ヒメノが軍服としてつくっていたモーターサイクルコート! 今着ても格好よさそうだけど、復刻してくれないかなあ?
お〜、これはカッコいい! ぜひ復刻してください! そういえば、スペインといえば文豪ヘミングウェイが思い浮かびますが、彼はテバジャケットは着ていたんでしょうか?

フスト 着ていたと思いたいですが(笑)、これに関しては確証はありません。彼は「グアヤベーラ」と呼ばれるシャツを着ていましたよね? これは私たちと繋がりの深いシャツ店である「ブルゴス」のものですよ。私が着ているのもこちらのシャツです。

ああ、いわゆるキューバシャツですね! 「ブルゴス」には取材させてもらいました。 

フスト あれはもともと、キューバに渡るスペイン人が、スペインで仕立ててから持って行き、現地で遊ぶときに着るためのものでした。

日本ではあまり知られていませんが、スペインにも固有の紳士服文化があるんですね。しかもそれが、アルゼンチンやキューバといったかつての植民地と関連しているところが興味深いです。

パリの名店
「オールドイングランド」に
コートを卸していた!



色や素材、ディテール違いのテバジャケットがずらりと並ぶ店内。これから日本のショップにはどんなものが入荷されるんだろう? パリの名店「オールドイングランド」の話も出てきたけど、テバジャケットはフレンチアイビーっぽい着こなしにもハマりそうだ。そういえば現代のパリで最も元気なセレクトショップ「BEIGE Habilleur」も、テバを扱ってるし。
テバジャケットは、スペインでは一般的に有名なんですか?

フスト とても有名なのですが、30年ほど前にブームが勃発したときに他のブランドが粗製濫造した反動で、人気が落ちたこともあったんです。ただそんな時も私たちは高品質な製品づくりを貫いた結果、今でも生き残れています。おそらく今日のスペインでは、私たちのような専門性の高いテーラリングの工房はほかにないと思います。

フスト ヒメノはスペインではほぼ唯一ともいえる、高級紳士服のファクトリーでもある。ショップではクラシックなオーダースーツも展開している。
他のヨーロッパの国では? 

フスト イギリスでは知られています。もともとテバの発祥の地でもありますから、イギリス市場への参入は比較的スムースでしたね。

そういえば映画『007/消されたライセンス』(1989年)で、ティモシー・ダルトン演じるジェームズ・ボンドがテバジャケットを着ているみたいですね!

フスト それは私も知りませんでした! 写真を送ってください(笑)。

海外のメゾンブランドもテバジャケットにインスパイアされてきたようですね。エルメスあたりが有名なようですが。

フスト それは私たちがつくる高品質なテバジャケットの影響でしょうね。エルメス以外にも、ロロ・ピアーナやステファノ・リッチなどがテバのデザインを取り入れてきました。ただし、私はスペイン製でないものをテバジャケットと呼んでほしくはありませんが。

スペイン固有の服飾文化というわけですね。さっき軍服の話をされていましたが、海外への輸出やOEM生産なども古くからやっていたんですか?

フスト 私の祖父の代に、パリの「オールドイングランド」にコートを納めていたことがあります。ただ、基本的にスペイン国内でビジネスが成り立っていたので、本格的に海外に輸出をし始めたのは私の代になってからですね。我々はスペイン国内でドレイクスの輸入代理店を務めているのですが、彼らが私の着ているテバジャケットを欲しがったことから、ビジネスが始まりました。フランスのハンティングブランドにテバジャケットを納めていたこともありますし、フィロソフィーが合致するパートナーであれば、OEM生産や別注などもお受けしますよ。

スペインの男たちの
ファッション文化って?

フスト・ヒメノ一族が登場! 中央がフスト ヒメノを現在の体制に導いた、2代目フスト・ヒメノことデュプラさん。右は弟のガブリエルさんで、かつては有名な闘牛士だったとか。 


フスト・ヒメノ一族の歴史が詰まった社長室にて。
スペインのファッションについて伺いたいのですが、エリアによって特徴はあるんですか?

フスト あくまで私の個人的な印象からお話すると、スペインの内陸部や西側は比較的保守的できちんとした装いを好む傾向がありますね。ただバルセロナやガリシア地方はとてもカジュアルで、紫色のシャツを着ているような人が多いので、個人的にはちょっと苦手です(笑)。アンダルシア州のセビーリャはお洒落な人が多いので、テバジャケットの人気も高いですよ。秋冬はもっとテバを着ている人が多いので、涼しくなったらぜひ来てください。

英国とかイタリアの影響が強かったりするんですか?

フスト よくそれを聞かれるんですが、基本的には「スペイン風」ですよ。歴史的なことを言うと、〝紳士服の大聖堂〟と言われるナポリはもともとスペイン領でしたから、共通性はあるかもしれませんが。

「スペイン風」ってどういうスタイルなんでしょうか?

フスト いい質問ですね! かっちりした英国のジェントルマンスタイルを基準にすると、フランスはシック。そしてイタリアの装いにはサプライズがあります。対するスペイン紳士のスタイルには、趣味はとてもいいけれど身に着けているもの自体を主張させないという意味での、奥ゆかしさがあると思います。

一見ちょっとコワモテだけど、実はとてもやさしくてユーモア満点な2代目。このショップの美しいディスプレーは、彼のセンスによるものだ。
ただ、最近のスペイン発のファッションブランドというと、ザラみたいなファストファッションが中心で、固有の文化を感じさせるブランドはあまり目立ってないですよね?

フスト 確かに私たちのような仕立て工房は本当に減ってきていますね。スペイン人の罪なところは、自分たちの文化を卑下して、容易なほうに流れてしまうことです。ただ私はスペインの文化や歴史、MADE IN SPAINを愛している。そうした意味で私は、一般的なスペイン人とはちょっと違うかもしれませんね(笑)。

固有の文化を大切にしないということと、マーケティングが下手ということは、いろんなスペイン人から聞きますね。でも最近はスペインでも古着が大人気と聞きますが、若い人がテバを着るようなムーブメントも起きているのでは?

フスト 確かに最近は20〜30歳くらいの若者たちの間でリバイバルしているのですが、そう安いものでもないので、みんな一年くらいお金を貯めて買っていますよ。

3代目の弟にあたるガブリエルさんは元闘牛士。スペインにおける闘牛士とは、芸能人のような存在らしい。ガブリエルさんは装いから所作にいたるまで、実に洗練されていた。
マドリードの古着屋さんを何軒か回ったのですが、バーバリー製のテバジャケットを何着も発見しました。これってスペインでつくられていたものなんですか?

フスト ああ、見ちゃいましたか(苦笑)。この現象を説明しますと、スペインではかつてモラというファミリーがバーバリーのライセンスを取得していて、そこが中級品のテバジャケットを大量に扱っていたんです。まさに私が跡を継いだ頃だったので、これには苦労しましたよ。私たちがいい製品をつくっても「バーバリーのタグが付いているほうが売れるんだよ」と言われちゃいますからね。かつてのバーバリー以外にも、いわゆる量販店が品質の低いテバを扱っていることは残念なんですが、こればかりは仕方ない。私たちは高品質なものをつくり続けるだけです。

たまに古着屋さんでスペイン製のバーバリーを見かけますが、そういう事情があったんですね(笑)。やっぱりフストヒメノのビジネスにとって、テバジャケットは大切な存在なんですね。

フスト もちろん、大切なアイコンのひとつです。でも私たちには軍服由来のトレンチコートや、一度着ると病みつきになる貴族的なドレッシングガウンといった人気アイテムもありますので、それらもぜひ試してもらいたいですね。すぐに捨てられるようなものではなく、一生大切にしてもらえるような服をつくれていることに、誇りを感じています。

テバジャケットは
スパニッシュオムレツだ!

そういう素敵な洋服を広めるために、バルセロナやマドリードのような大都市に出店しようとは思わないですか?

フスト それについては何度も考えましたが、やはり私たちはこのサラゴサで生きていくでしょう。縫製もそうですが、お店で販売することだって、心がこもっていなくてはダメだと思うんです。バルにしてもレストランにしても、心さえこもっていれば永久に続きますから。そういえばヤマシタさん、トルティージャは(スパニッシュオムレツ)は好きですか?

もちろん。本場のものは格別ですね!

フスト トルティージャは私たちスペイン人の誇る大切な食文化ですが、テバジャケットもそんな存在になると嬉しいですね。毎日食べなくてもいいので、ちょっとした外食のときにでも味わってみてください(笑)。

お店の近くにあったバルで頂いたトルティージャ。
テバジャケット=スパニッシュオムレツ! 最高ですね(笑)。

フスト それじゃあ、そろそろ食事にでも行きましょう。美味しいスパニッシュオムレツを食べにね(笑)。ここサラゴサの名所も案内しますよ。

紀元2世紀頃にローマ帝国のもと栄えたサラゴサは、ゲルマン族やイスラム勢力の支配ののちに、アラゴン王国の首都として繁栄を遂げた。そんな複雑な歴史を後世に伝える遺跡やモニュメントが、この街には多く遺されている。マドリードとバルセロナを結ぶ要衝であり、裕福な住民が多く住むこの街は、日本でいうなら名古屋みたいなものかな?
サラゴサはタパス文化でも有名。取材の日のディナーは、タパスを3軒はしごしたのだった。やっぱり他の国とは文化が違うなあ。
マドリードからサラゴサまでは約270km。renfeという高速鉄道に乗れば最短約75分で到着するが、当日や前日だとチケットが取りにくいのでご注意を!

テバジャケットについてのお問い合わせはこちら!
エスプリ・ユージー・東京ショールーム
TEL03-3234-5075

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